第9話 東堂の観測〜真相の深層

「さてと」


 慌ただしく、職員室に向かう日向を見届けてから、東堂は高嶺の方を向いた。

 探偵の仕事は依頼人からの依頼内容について答えを出せば、完了だ。


 だから、ここからは「観測者」である自分の領分だと思っていた。


「藍沢さんって、変わってるけど、“可愛い子“ですね」


 高嶺が微笑みながらそう答える。

 日向であれば、「卒倒しそうになるほどの、ダイナマイトスマイル」とでも言いそうな笑みだ。


 だが、東堂から見た高嶺は、少し大人びた雰囲気はあるものの、普通の高校三年生女子だ。

 むしろ、彼が掴んでいる情報を踏まえると、それは、とても歪んだ笑みに見えた。


「そうですね」

 そう答えながら、東堂は高嶺の目を見据える。

 

「まあ、変な口調と服装ですし、一年のくせに生意気ではありますが、“彼女“は、真剣に『探偵』をやろうとしている。それは間違いないと思います」


 話しながら、東堂は初めて日向が自分に情報提供の依頼をしてきた時のことを思い出す。


 女子生徒ながら、男みたいな服装と口ぶりなのは、最初は面食らったが、どうやら、彼女が敬愛する名探偵、“フィリップ・マーロウ“を真似しているらしいと気付いてからは、彼女のキャラクターを、とても興味深く感じるようになった。


 ドジで間抜け、おまけに猪突猛進なその性格は、とても探偵に向いているとは思えなかった。


 だが、その真剣さはどこか微笑ましく、彼の「観察対象」として、申し分のないユニークさを感じ、東堂は日向への情報提供は、基本的には惜しまないようにしていた。(というか、単純に面白いので楽しんでいた)


「だから、あまり彼女を誑かさないようにしてもらえますか? 高嶺先輩」


 東堂の言葉に少し虚をつかれた様子の高嶺。


「えーと、何の話かしら?」


「……あなた、真鍋柚希と、そんなに深い仲ではないでしょう?」


 日向は、「親友の」高嶺澪が、依頼をしてきたと話してきた。


 だが、東堂の掴んでいる情報では、彼女はただのクラスメイト程度の関係だった。


 藍沢にもやんわりと、その可能性を伝えているのだが、おそらく、表面的な謎解きに頭が一杯で、真鍋の家に入った際に、高嶺のことを聞くことを忘れてしまったのだろう。

 そのことには、全く気付いていない様子だった。


「おおかた、急に不登校になった有名人の不登校の理由をいち早く把握することで、その情報を、自分を顕示するための何かに活用できないか、と思ったこととか、そんなところではないですか?

 結局、あなたも、数多の野次馬と同じ穴の狢だった、というわけだ」


「あら、別に嘘をついたわけではないわ。私は彼女『親友』だと思っている。

 親友の定義なんてそもそも曖昧なんだから、それで十分でしょう?」


 笑みを浮かべたまま高嶺が答える。その顔はどこか歪んでいて、東堂にはとても醜悪なものに感じられた。

 

「正直、あなたが何のために、今回の依頼をしたかは、『観測者』でありたい僕にとっては、どうでもいいんです。

 ただ、日向をこれ以上巻き込むのはやめてもらえませんか?

 あいつは、あいつなりに真剣に依頼人のために最善を尽くそうとしているんです。

 その気持ちを安易に踏み躙ることは、僕には少し許しがたい」


「情報部の東堂君って、噂だともっとクールなのか思っていたけど、結構、情熱的なところもあるのね。

 そういう熱い男は好きよ」


 茶化そうとする高嶺の言葉には答えず、東堂は黙って彼女を見つめ続ける。


「……わかったわよ。正直、そんなに面白い真相でもなかったしね。

 優等生が本当に落ちぶれたのだとしたら、クラス全体で励ますように扇動したり、彼女自身の弱みに付け込んで色々協力してもらったり出来たと思うんだけど……。

 この依頼は、ここまでにするわ。

 もちろん、探偵部、藍沢さんにもこれ以上関与しない」


「……よろしくお願いします」


「じゃあ、私は退散するわね。またどこかでお会いしましょう、真探偵さん」


「僕は『探偵』ではありません。あくまで『観測者』です」


 ひらひらと手を振りながら部室を去る高嶺を、苦々しい気持ちで眺めながら東堂は答える。


 この情報は日向が知る必要はないだろう。「麗しの美女が急に冷たくなった、東堂のせいだ」とか騒ぐんだろうが、知ったことではなかった。


 

 溜め息を一つ着くと、東堂は電話を取り出し、登録された番号にかける。


 以前日向に話した通り、ここからは更に気の進まない話ではあったが、「観測者」として、もう一つの“真相“について、当事者に確認をしないといけなかった……。

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