第4話−1 香りのないコーヒー


「それで、ご相談というのは?」


 部室にやってきた女子生徒の色香に、自分を見失いそうになるのをグッと堪え、私は出来るだけ低い声で彼女に問いかける。

 彼女は高嶺澪たかみねみおと自己紹介した。やはり、三年生とのことだ。


 単刀直入に本題に入る私に、彼女は少し眉を顰め、戸惑ったようなリアクションを返す。

 しまった。もう少しウィットに富んだ雑談アイスブレイクから入った方が良かっただろうか?


 先日の、チャボ(♀)の事件を、何か気の利いた言葉で表現しようと頭をフル回転させる。


 色々連想していく中で、昨日の夜に家でフライドチキンを食べた後で、母がその残りの骨を出汁に雑炊を作ろうとしたのを必死止めたという、しょーもない記憶を思い出したあたりのところで、高嶺が意を決したように話し始める。



「……探偵さんは、この間の中間試験の成績提示に不正があったという噂が流れているのはご存知でしょうか?」


 声も姿も完璧。これは「運命の女」かもしれない。いや、待てよ、まだ依頼内容も聞いていないんだった。


 それにしても、“探偵さん“……なんという甘美な響きだろうか。そう呼んでくれるだけで、彼女に対してハグをしたくなってくる。

 そんな気持ちを必死で抑えながら、私は答えた。


「ええ、あくまで噂に過ぎないという『噂』もありますが。とある情報筋から聞いてはいます」


 それは本当だった。


 この学校には、「成果ポイント」という学内通貨のようなものがあり、部活動を中心とした内外の活動に準じて各生徒に配布されることになっている。卒業時点での個々のポイントの多寡で、大学推薦等、進路の選択肢が広がるという仕組みだ。


 通常は、部活株の価値向上を目指すのが「常套手段」なのだが、部活動に積極的でない生徒も、試験の成績でも受領することが出来る仕組みとなっていた。


 私のような「零細部活」の場合、こういった個人での成果ポイント獲得が非常に重要となるため、成績提示は個人的にも注目していた。(というか、せざるを得ない)


 ちなみに、自慢ではないが、私は結構学校のテストは得意だったりする。だから、依頼人が多少少なくても「食って」はいけるのだ。


 私の聞いた話だと、この成績提示に不正があったという噂が最近学内で流れているということだった。


 ただ、どのような不正なのかは明らかにされておらず、噂が噂を呼び、実態を誰も知らない状態になっているらしい、とのことだった。


 全く、噂というのは、香りのしないブラックコーヒーのようだ。そこに魅力はなく、ただ苦味だけが残ってやがる……。


 まあ、私はブラックコーヒーは飲めないんだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る