腹ぺこ辺境領を救え! 貞操逆転世界の『買取り』屋

荒木どーふん

第1話 転移



 屋上にいた。

 高卒でブラック会社に就職して、身も心も限界だった。


 両親はいない。大学に行く金なんかなかった。

 だから就職して、生きるために働いてきた。


 残業は当たり前、終業時間や休日なんてあってないような顧客対応。

 趣味はなくなった。

 仕事以外に割ける時間は無い。体力もない。


 最後に休日を取れたのは、もう三年近く前か。

 九百連勤を余裕で超えた。アパートに帰るヒマすらない、徹夜残業も多くあった。


 何のために生きてるんだろうか。生きる理由はない。

 生きているから生きているだけ、だった。


 この屋上から飛び降りれば、俺は楽になれるのか?

 軋む身体。動かない頭。霞がかかったように意識がぼやけて、脳が焼け付いたように何も考えられない。


 ここは現実か? 悪夢の中か?

 この生活を、あと何年続けるんだろう。


 このフェンスを跳び越えれば、俺は休めるのだろうか。

 ただ、ゆっくり眠りたい。休みたいだけなんだ。


 もう、どうだっていいや。



*******



 知らない街並みだ。

 崩れかけの建物。ガレキにのそばに横たわる人々。


 女ばっかりだ。髪の色は黒じゃない。

 石造建築の、海外みたいな場所だ。


 誰も彼もが、生きる気力をなくしたうつろな顔をしている。

 ここが地獄なのか。


 歩ける。歩いた。

 スラム街じみた、寂れた街並みを歩く。


 どこかで、横になりたい。

 ここが地獄なら、それでも良いよ。俺もこの人たちと一緒に、くたばろう。


 あれ。俺は、飛び降りたんだったかな?

 じゃあ、もうくたばっているのか?

 地獄だしな。死後の世界なんだろうな。


 じゃあ、もういいや。


 屋根の崩れた廃墟に入る。

 民家なんだろうけど、住民は残っていないみたいだ。


 いや、いた。

 小さな兄妹だか姉妹が、廃屋の中に横たわっている。

 唇が乾いていて、目の焦点も合ってない。お前たちも死にかけか?


「おねえちゃん……」


 つぶやきが聞こえる。

 小さな姉妹は、お互いに抱き合って、最期のときを迎えようとしている。


 ごめんな。助けてやれないよ。

 でも、俺も近くでくたばるから。

 少し、お邪魔させてくれないか。


 妹のつぶやきが聞こえる。


「いちど、おなかいっぱい……食べてみたかったなぁ……」


 食べたこと、ないのか。

 生前はあったのか? 生前もなかったのか?


 あんまりだろう、神様。

 俺みたいな世捨て人はともかく、子どもには腹いっぱい喰わせてやってくれよ。

 被虐待児童なんて、この世の最期にみるもんじゃないんだよ。


 俺はなんか、持ってないのかな。

 一昨日の昼、食欲がなくて捨てるしかなかったおにぎり、あれがあれば食べさせられたのか?


 もったいないことをした。

 でも、後悔は取り返せない。いつだって。


 魂だろうが寿命だろうが、売れるもんがあるなら、売ってやりてぇよ。

 この地獄じゃ、何か手に入るものはないのかい、神様。


 目の前に、ウィンドウが現われた。



『買取り:魔力を含むものを買い取ります。買取り口に投入してください』



 なんだ、これ。

 魔力? 寿命とか魂とかじゃないのか。

 なんだろう。買い取れるもの。俺は手ぶらだ。


 唯一ポケットに持っていたスマホを、ウィンドウに入れる。


『魔力を含んでいないものは買い取れません』


 拒否された。

 なにかないか、なんでもいい。


 ないよりはマシだと思って、廃墟の手近なガレキを放り込む。


『魔力を確認。24,579円で買い取ります。確定しますか?』


 なんと、買い取れた。

 ただの木材や石材だ。ガレキの廃材が、スマホよりも値がついた。


 確定ボタンを押す。


『ありがとうございます。買取り金額はチャージ欄に回されます。

 チャージした金額は、ネットモールでお使いいただけます。

 ウィンドウ右から、ネットモールにご移動ください』


 メッセージに従って、ウィンドウを操作する。

 ネットモール?


 本当だ。ネット商店街と言うべき、スーパーを始めとした店舗欄が並んでいる。

 俺が前世で利用していた、モールサイトに似ている作りだ。


 買えるのか? どうやって届く?

 いや、良い。


 スーパーのサイトを選択して、商品一覧の中から、スポーツドリンクとパンを買う。

 決済はチャージ欄からできた。


 決済を確定すると、すぐそばに小さな段ボールが現われた。

 どこから現われたのか、なんてどうでもいい。

 肝心なのは、中身があるかどうかだ。


 あった。


 俺は中身を取り出し、それを持って倒れてる姉妹に駆け寄った。

 スポーツドリンクのフタを開け、妹の身体を起こして、むせないように少しずつ口に流し込む。


 飲んだ。

 飲んでくれた。


「なにこれ……おいしい……」


「自分で飲めるか? ゆっくり飲めよ、俺はもう一人に飲ませるからな」


 姉の方を起こして、ほんの少しずつ口に含ませていく。

 のどが動いている。


 飲んでいる。

 この二人は、生きようとしている。


 光が戻った姉は、俺からスポドリのボトルを受け取り、一生懸命に飲み始めた。


 その二人を見て、俺は、心が安らいだのを感じた。


「おにいちゃん、ありがとう……これ、なぁに?」


 妹が、俺の方を見てお礼を言ってくる。

 お礼を言いたいのは、俺の方だよ。


「身体に良いものだよ。まだあるから、焦らずにゆっくり飲みな」


 一緒に購入したメロンパンを差し出すと、妹は物珍しそうに見ながら、喜んで食べた。

 嬉しい。


「あんた……誰……?」


 姉も意識を取り戻し、俺を認識した。

 同じようにパンを差し出すと、貪るように食べ始める。


「うめぇ! こんなの、食ったことねぇ!」


 喜んでいる。

 俺は飲み物が足りないと考え、ネットモールでスポドリとパンを追加購入した。

 値段は、日本のコンビニより安い。スーパーの値段だ。


 突然現われた箱に姉妹はびっくりしていたけど、中からパンを取り出すと、目を輝かせた。

 パンは多めに買ってある。

 飲み物と一緒なら、たぶん餓えた身体でもなんとかなるだろう。


 それを見て、姉が恐る恐ると俺を見上げてきた。


「こ、これも食べて良いのか……?」


「ああ。好きなだけ食いな。足りなきゃ、まだあるから」


 俺がそう言うと、二人は一斉にパンに飛びつく。

 飲み物も手渡してやると、一本、二本とスポドリを空けてしまう。


 相当の期間、食べられなかったんだろうな。


「うめぇ! おいしい、おいしいよ……!」


「おねえちゃん、お腹いっぱい、食べられるよ! 夢みたい!」


 二人の血色が良くなっていく。

 糖分と水分は、やっぱり効き目があるみたいだ。


 この分だともう、心配はなさそうだ。


「……生きられるのか」


 気づけば、ふとつぶやいていた。


 この子たちは、生きられるのか。

 腹いっぱい、食えるのか。


「ありがとうな、二人とも」


 俺は、二人に礼を言った。


 救世主コンプレックス。メサイア・コンプレックス、と言う単語を、前世で聞いた。

 なんでも、『他人を救う』ことで、『自分を救う』代償行為をしようとする性質らしい。


 でも、少なくとも俺は、この二人が救われて、嬉しい。

 だから、礼を言った。

 救われたのは俺の方だ。



 俺は、この世界で、久しぶりに人間らしい感情を抱けた。

 この世界で確かに、救われたんだ。


 俺は、綾崎カイト。

 二十一歳の元社畜だ。


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