第51話 幸福という名の時限爆弾
わたしたちは図書室に残り、これから何をすべきか、作戦を整理した。
闇雲に進めていても、また心が折れてしまう。思いがけず、先ほどの栞の言葉が、大きなヒントになっていた。
わたしたちが立てた作戦は、三つ。
一つ、栞からの攻撃への対策。
これは予期が困難なため、事前の対策は諦める。その都度、二人で対処する。何よりも、朔くんが絶望に引き込まれないように、彼の心の状態を注意することが最優先だ。彼が絶望に呑まれれば、前回のようにX-Dayが早まる危険性がある。
二つ、『幸福のカウンタープログラム』の継続。
絶望しないためにも、そして、栞に「幸福」を学習させて挙動を変化させる可能性を探るためにも、これに最も注力する。
三つ、X-Dayへの対処。
館長の話によれば、栞が暴走する前、陽菜ちゃんは「何かを助けるため」に毎回命を落としていたらしい。だとしたら、たとえ栞が正常になっても、わたしの「自己犠牲」の運命は変わらないかもしれない。だからといって、誰かを見捨てるなんて選択は、絶対にできない。
X-Dayの具体的な対策は、なかなか良い案が出ないままだった。
春休みが明け、わたしたちは高校三年生になった。
朔くんと、わたしは、同じクラスになった。
休みの日は映画を観に行き、平日の放課後は、受験生らしく図書館で一緒に勉強した。塾が終わってからも、眠気が限界になるまで、お互いの部屋で電話を繋いだまま、それぞれの課題に取り組んだ。
傍から見れば、どこにでもいる普通の高校生カップルだっただろう。
当初は、X-Dayへの明確な対策がないことに、胸の奥で小さな不安が燻っていた。
けれど、わたしたちには「栞に幸福を学習させる」という、日常を肯定するための大義名分があった。不安は、意図的に押しやった。
そして、そんな不安を感じていたのも、春が終わる頃までだった。
栞も、わたしたちが世界の筋書きから逸脱しないからか、目立った攻撃はしてこなかった。多少の茶々はあったが、管理者権限の力で栞からの攻撃だということはすぐにわかりどうということはなかった。
栞からの攻撃の対策がこんなに簡単なことだったなんて。
それも日常を肯定するための大義名分になった。
春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が終わる頃まで、奇跡のように、穏やかで、幸せな時間が続いていた。
初めは、わたしの一方的な想いから始まった、少し歪な関係だったかもしれない。
けれど今は、朔くんが向けてくれる眼差しに、戦友としてではない、温かい愛情を感じている。
大好きな朔くんと、ただの高校生として過ごす、かけがえのない日々。
幸せだ。こんなに穏やかな気持ちで過ごす日々は、34回のループの中で、初めてだった。
そう。平和な毎日が続くうちに、わたしたちは、X-DAYという、たった一つの、しかし致命的な問題から、目を逸らしていたのだ。
忘れていたわけじゃない。わかってはいた。
けれど、あまりに心地良いこの日常を、一日でも長く続けるための理由は、たくさんあったのだから。
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