第48話 これは僕たちの、戦いだから
約束の週末。わたしたちは、梅まつりが行われている神社で、落ち合った。
空はどこまでも青く、まだ少しだけ冷たい空気に、甘い梅の香りが、ふわりと混ざっている。
「……すごい。満開だね」
見上げると、白や、淡い紅色の花びらが、陽の光を透かして、きらきらと輝いていた。
ループを繰り返す中で、わたしは、何度も、季節の移ろいを経験してきたはずだった。
でも、こんなふうに、誰かと、その美しさを分かち合うのは久しぶりだ。今までのループではそんな余裕がなかった。
「な。来て、よかった」
隣を歩く朔くんが、静かに言った。
その横顔は、いつも図書室で見る、険しい表情とは、まるで違って見えた。
わたしたちは、ゆっくりと、参道を進む。
小さな出店が並び、甘酒の湯気や、梅を使ったお菓子の匂いが、漂ってくる。
家族連れや、恋人たちが、楽しそうに笑い合っている。
この光景だけを見れば、世界は、どこまでも、平和そのものだ。
「ねえ、朔くん」
「ん?」
「こういうのって、本当に、久しぶりだなって」
「……そうだな」
彼は、少しだけ、間を置いて、答えた。
そして、まっすぐに、前を見つめたまま、こう続けた。
「でも、陽向さん。これも、俺たちの戦いになるんじゃないかな」
その言葉に、わたしは、ハッとして、彼を見た。
「初めて説明してくれたときに陽向さんが言ってたよね。栞は絶望を学習してしまっているから幸せを学習させたいって。だからこれはただの息抜きや現実逃避じゃないよ。俺たちが、心から、この時間を『楽しい』って思うこと。栞が、どんな揺さぶりをかけてきても、揺らがないくらい、強い絆を作る時間だって、意識すること。それだけで、あいつの仕掛けてくる、悪意に対する、一番のカウンターになるはずだ」
その声は、不思議なくらい、優しかった。
そうだ。これは、ただの現実逃避じゃない。
わたしたちが、未来を掴むために、必要な、作戦行動。
幸福な記憶を、世界のデータに、上書きしていくための、戦い。
「……うん。そうだね。幸福のカウンタープログラムだ」
わたしは、力強く、頷いた。
胸の奥にあった、小さな罪悪感が、すうっと、消えていく。
「じゃあ、作戦通り、まずは、あれ、食べない?」
わたしは、出店の先にある、「名物 やきもち」と書かれた、のぼりを指差した。
「戦いも、腹が減っては、できないからね!」
そう言って笑うと、朔くんは、一瞬、きょとんとした顔をして、それから、たまらないといった感じで、吹き出した。
「はは、そうだね! うん、行こう」
彼が、心から、笑った。
その笑顔を見ただけで、わたしの心に、あたたかい光が、灯る。
わたしたちは、もう、無力じゃない。
二人でなら、きっと、この世界の、どんなバグだって、乗り越えられる。
焼きたての、温かいお餅を、二人で頬張りながら、わたしは、空に咲く梅の花を見上げた。
この幸福な時間が、この世界の未来へと、繋がっていると、固く、信じて。
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