第20話 夜明けの誓いと、二人だけの作戦会議
あの夜、僕たちはひだまり公園のベンチで、寄り添いながら夜明けを待った。
たくさんのことを話した。彼女が経験してきた7回の世界の、悲しい歴史。僕が知らなかった、僕自身の過去。そして、僕が彼女を、彼女が僕を、どれだけ大切に想っているかということ。
嘘も隠し事もなくなった僕たちの間に、気まずさはなかった。ただ、疲労困憊の体と、それでも確かに繋がっている手の温もりが、僕たちを現実に引き留めていた。
始発電車の窓から、昇り始めた朝日が差し込む。その光は、まるで祝福のように僕たちを照らし、新しい世界の始まりを告げているようだった。
「……帰ろうか」
「うん」
僕たちは、どちらからともなく頷き合った。
自室のベッドに倒れ込むように眠り、次に目を覚ました時、時計の針は昼過ぎを指していた。
体は鉛のように重かったが、心は不思議なほど軽かった。
僕が、シャワーを浴びてリビングへ向かうと、そこには心配そうな顔をした拓也がいた。腕には、痛々しい包帯が巻かれている。僕が連絡する前に、家の電話にかけて、心配して駆けつけてくれたらしい。
「拓也……」
僕は、彼の前に立ち、もう一度、深く頭を下げた。
「本当に、ごめん」
「だから、もういいって言ってんだろ」
拓也は、呆れたように笑って、僕の頭を軽く小突いた。
「それより、お前だよ。なんか……吹っ切れたみてえな顔してんじゃねえか。陽向さんと、ちゃんと話せたのか?」
親友の、どこまでも見透かしたような目に、僕は苦笑するしかなかった。
すべてを話すことはできない。でも、本当の気持ちだけは、伝えられた。
「うん。ちゃんと話した。俺、あいつのこと、本気で大事にしなきゃいけないって、やっと分かったんだ」
「……そっか」
拓也は、それ以上何も聞かず、ただ、僕の肩を力強く叩いた。
「なら、よかったじゃねえか。しっかり守ってやれよ」
「ああ」
その一言だけで、僕たちの間のわだかまりは、完全に消えてなくなった。
拓也と別れた後、僕は陽向さんと合流した。
場所は、僕たちの原点の一つである、高校の図書室。日曜日の午後は、人もまばらで、静かな密談にはもってこいだった。
僕たちは、閲覧用の長机に向かい合って座る。
初めて、対等なパートナーとして、これからどうすべきかを話し合うために。
「まず、現状を整理しよう」
僕は、ノートを開きながら言った。もう、彼女の計画書に頼ることはない。これは、僕たちの、新しい計画書だ。
「世界の崩壊は、一時的に止まった。でも、空の赤い月とか、細かい“バグ”は残ってる。不安定な状態が続いてるってことだよな」
「うん」と陽向さんが頷く。「そして、X-Day。12月24日。その日に、何かが起きるっていう根本的な原因は、まだ解決できていないはず」
「過去のループで、X-Dayには、具体的に何があったんだ?」
僕はずっと気になっていたその質問を、彼女に投げかけた。
彼女は少しだけ辛そうな顔をしたが、すぐに意を決して話し始めた。
「毎回、起きることは違ったんだ。1回目は、この街の上空に原因不明の巨大な次元断層が発生して、すべてが飲み込まれた。3回目の時は、予測不能な軌道で巨大な隕石が落ちてきた。5回目の時は、致死率100%の未知のウイルスによるパンデミック……」
どれも、天災か、あるいはそれ以上の、抗いようのないカタストロフィだ。
「でも、共通していることが一つだけある」
彼女は、僕の目をじっと見て言った。
「どのループでも、その災害そのもので世界が終わったわけじゃない。本当の終わりは、それに直面した朔くんが、わたしや、家族や、拓也くんを失うことへの恐怖で……深い絶望に囚われた瞬間に、確定した」
つまり、問題は災害そのものではなく、僕の心。
「じゃあ、俺が絶望しなければいいんだな。何が起きても、絶対に」
「うん。でも、一人で耐えるんじゃないよ」
彼女は、テーブル越しに僕の手を握った。
「二人で、だよ」
その温もりに、力が湧いてくる。
「X-Dayに何が起きるか分からない以上、今はとにかく備えるしかない」
僕は、新しいノートにペンを走らせた。
「まずは、世界の“バグ”について、もっと詳しく調べてみよう。陽向さんの『夢』に頼るんじゃなくて、僕たちが、能動的に情報を集めるんだ」
それが、僕たちの最初の共同作業になった。
僕たちは図書室のPCを借り、スマホを並べて、インターネットの広大な海に漕ぎ出した。
『世界中 GPS障害 原因』
『謎のオーロラ 日本各地で目撃』
『集団幻覚 報告相次ぐ』
検索窓にキーワードを打ち込むと、ここ数週間で、僕たちが経験したような異常現象が、世界中で報告されていることが分かった。それは、点と点だった情報が、一つの大きな、不吉な絵を描き出していくようだった。
「これ、見て……」
陽向さんが、ある海外の科学フォーラムの書き込みを指さす。
『時空連続体の位相的欠陥に関する一考察』
専門的で、難解な言葉が並んでいる。でも、その中に、僕たちの目を引く一文があった。
『――これらの異常現象は、高次元存在による“観測”が、我々の三次元世界に干渉した結果生じる“ノイズ”である可能性が考えられる――』
観測? ノイズ?
僕たちは、顔を見合わせた。
まだ、何も分からない。でも、確かに、僕たちは真実への、小さな小さな糸口を掴んだのかもしれない。
寄り添ってPCの画面を覗き込む僕たちは、もう悲劇の主人公でも、孤独な観測者でもない。
未来を、自分たちの手でこじ開けようとする、たった二人の、共犯者だった。
僕たちの本当の戦いは、今、静かに幕を開けた。
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