第6話 写真に写る"3人目の私"


朝の光が、机の上に置かれた茶封筒を照らしていた。


差出人の名前はない。でも、なぜか開けなければいけない気がして、私は震える指で封を切った。


中から出てきたのは、一枚の古い写真だった。


「......え?」


息が止まった。


写真に写っているのは光也。間違いない、あの優しい笑顔。でも、その隣に寄り添っているのは——


「私......?」


黒いボブカットの髪、光也の腕にしがみつくようにして微笑む少女。顔は紛れもなく私だった。でも、私じゃない。


ミラでもない。


知らない、もう一人の"私"。


写真を裏返すと、そこには震えるような文字が書かれていた。


『永遠に、君だけを——ミクレア』


ミクレア。


その名前を見た瞬間、頭の奥で何かがざわついた。知らないはずなのに、どこか懐かしいような、恐ろしいような——


「美紅、おはよう」


突然の声に、私は慌てて写真を制服のポケットに隠した。振り返ると、教室の入り口に光也が立っていた。


「お、おはよう......」


「どうした?顔色悪いぞ」


光也が心配そうに近づいてくる。その瞬間、私の視界に写真の中の"私"が重なった。光也の腕にしがみつく、あの親密な距離感。


「大丈夫、ちょっと寝不足で......」


「そっか。無理すんなよ」


光也はいつものように優しく微笑んだ。でも、その笑顔を見ていると、胸が苦しくなった。


写真の中で、光也はどんな表情をしていただろう。今の私を見る目と、同じだっただろうか。


「ねぇ、光也」


「ん?」


「私のこと......前から知ってた?」


唐突な質問に、光也は少し驚いたような顔をした。


「知ってたって、どういう意味?」


「その......私に似た誰かとか、会ったことない?」


一瞬、光也の表情が固まった。本当に一瞬だけ。でも、私は見逃さなかった。


「......なんで、そんなこと聞くんだ?」


「ううん、なんとなく」


嘘だった。でも、写真のことは言えなかった。言ったら、何かが壊れてしまう気がして。


その日の授業中、私はずっと写真のことを考えていた。ミクレアという名前。光也と親密に寄り添う、もう一人の私。


いつの写真なんだろう。どこの時空の私なんだろう。


そして何より——光也は、彼女のことを覚えているんだろうか。


放課後、屋上でミラと会った。最近は毎日のように会っている。敵なのか味方なのか分からないけれど、少なくとも"同じ顔"をした者同士、何か通じるものがあるのかもしれない。


「元気がないわね、現在の私」


ミラは相変わらず、私のことをそう呼ぶ。


「ミラは......ミクレアって名前、知ってる?」


予想外の質問だったのか、ミラの完璧な表情に一瞬だけひびが入った。


「......どこでその名前を?」


「じゃあ、知ってるんだ」


ミラは黙って夕焼け空を見上げた。この学園の空は、いつも夕焼け色だ。まるで、永遠に終わりが来ないみたいに。


「知っているというより、感じるの。私たちの中に、もう一人いるって」


「もう一人?」


「そう。でも、その子は......」


ミラが言いかけて、口を閉じた。


「その子は?」


「......危険よ。とても」


危険。その言葉が、胸に刺さった。


写真の中の"私"は、確かに幸せそうに笑っていた。でも、その笑顔の奥に、何か狂気めいたものが潜んでいるような気がしたのは、気のせいだろうか。


夜、自室で写真をもう一度見つめた。


光也の表情を、よく見てみる。笑っている。でも、その笑顔はどこか引きつっているような——


「怖がってる......?」


まさか、と思った。でも、写真の中の光也の目は、確かに何かに怯えているように見えた。


その隣で、"私"は幸せそうに微笑んでいる。


まるで、その恐怖に気づいていないかのように。あるいは——


「気づいていて、楽しんでる......?」


ぞっとした。


これが、私? 私の、別の可能性?


ベッドに潜り込んでも、写真の残像が頭から離れなかった。ミクレアという名前が、呪文のように頭の中で繰り返される。


そして、ふと気づいた。


写真が入っていた封筒。差出人はなかったけれど、もしかしたら——


「自分で、自分に送った......?」


その考えに、全身が震えた。


もし、ミクレアが私にメッセージを送ってきたとしたら。もし、彼女が——


携帯が鳴った。光也からのメッセージだった。


『明日、話したいことがある。放課後、いつもの場所で』


いつもの場所。私たちがよく会う、中庭のベンチ。


でも、なぜか不安だった。光也が何を話すつもりなのか。もしかして、ミクレアのことを——


その夜、私は夢を見た。


黒いボブカットの私が、鏡の向こうから微笑んでいる夢。


「もうすぐよ」


鏡の中の私が言った。


「もうすぐ、私たちは一つになる」


目が覚めた時、枕が涙で濡れていた。


でも、その涙が恐怖のものなのか、それとも——


分からなかった。


分かりたくなかった。


朝になっても、鏡の中の声が耳から離れなかった。


もうすぐ、私たちは一つになる——

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