俺が攻略対象の青春ラブコメディ!?
汐倉ナツキ
美少女を振る。バカな友達ができる
第1話
「ねぇ、黒崎君……」
二〇十七年四月中旬。
夕陽が照らす人気の無い放課後の教室。
その日、日直だった俺は担任教師に雑用を押し付けられ居残りさせられていた。
本来、日直は男女ペアのはずなのだが、もう一人の日直だった女子は「あはは、あたし部活があるから!」と軽い口調で言い訳だけ残し、そそくさと教室から逃げ出したから最初から一人で雑用している。
俺を除き、疎らになった教室が完全に無人になったのはそれから二十分後の事。
そしてそれを見計らったように女生徒が恐る恐る教室に入ってきた。
「黒崎、君!」
来訪者を気にも留めず黙々と雑用に勤しんでいた。
しかし、女生徒から名指しで声を掛けられた為、小さく溜め息を吐き仕方なく顔を向けた。
「一目惚れです! うちと付き合って下さい!!」
──突然の告白。
入学したての高校一年生の春。
赤く染まる放課後の教室で好意を告げられた。
甘くなった空気の中、夕陽に当てられたのか目の前で頬を染める女生徒には見覚えがある。
休み時間になると途端に喧しくなるパリピ集団の一人だ。
女生徒がクラスメイトである事は分かるが、逆を言えばクラスメイトである事しか分からない。
俺に女生徒の名前は分からない。クラスに関心が無いからだ。
しかし告白までされた為、俺は改めて女生徒に意識を向けた。
寝癖をそのままに派手にハネた長髪。
制服のブレザーは前のボタンを全て外していて、片方の肩からずり落ちている。
ネクタイは緩められていて、スカートは折ってるのか少し短くなっていた。
不安そうに告白の返事を待つ、そんな儚げな表情を浮かべる細身の女生徒に抱いた印象は『だらしない女』で終始した。
例え、長く揃った睫毛に二重で大きな瞳と整った鼻筋をした美少女だとしても、残念ながら残念な印象しか抱けなかった。
俺は眉間に皺を寄せ、内心舌打ちした。
目の前の女生徒は顔は良いが、逆を言えば良いのは顔だけなのだ。
経験上、身嗜みすら整えられない人間にまともな奴はいない。
告白の返事は初めから決まっていたが、心の中で思った言葉が反射的に口から漏れ出た。
「一昨日来やがれクソビッチ」
───時が止まった。
甘い空気が一瞬にして消し飛び、場の空気が冷えた。
それを気にも留めず、思いっきり顔を顰めて中指を立てノーと返事を叩き付けた。
予想だにしなかった最悪の返事に女生徒は目元と口角をヒクつかせる。
「突然ごめんね……? キモかったよね……?」
ショックを受けて悲しそうな顔のまま教室から走り去った。
女生徒が顔を逸らした時、目元に涙を浮かべていたのを見なかった事にした俺は、一つ鼻を鳴らし何事も無かったかのように雑用に戻った。
☆☆☆
二〇十七年五月中旬。
四限の終了時刻を知らせる鐘が鳴り、今日の授業が終わった。
それと同時にリュックに仕舞おうと思っていた教科書とノートに影が射す。
「よぉ、ちょっとツラ貸せや!」
「今日はどうせ午前授業なんだ。用事なんか無いだろ?」
頭上からドスの効いた声が降りかかる。
教科書とノートを仕舞った後、変な奴らに目つけられたと思いながら顔を上げる。
そこには顎を上げこちらを睨みつける二人のヤンキーがいた。
一人は真っ白の髪に制服の上に赤いパーカーを着た男。
もう一人は黒髪オールバックに無精髭を剃ってない強面の男。
ヒョロい白髪頭の方は脅威に感じないが、髭面の方は背が高く体格がいい。イカついし普通に身が竦む。
正直断りたいが下手に逆らうと痛い目に合いそうだ。物理的に。
日和った訳じゃないが仕方ない。ここは大人しく従っておこう。
「別に構わないけど」
「それじゃ、早いとこ空き教室行くぞ!」
「時間はかけさせねぇから──逃げんなよ?」
髭面はニコリともせず俺を睨みつけながら言う。
とにかく怖かったので赤べこのように頷いておいた。
その対応が正解だったのか、髭面は俺から視線を逸らし二人分のリュックを持って白髪頭の後に続いた。
「…………」
二人分のリュック。その内の一人分は俺のリュックだ。
あいつら絶対に俺を逃がすつもりは無いらしい。
いや、もちろん逃げるつもりは無いんだけど。……あとが怖いし。
入学してから一月半。
それなりに平穏に暮らしてた学校生活に終止符を打たれた気分だ。
一つ溜め息を吐いて覚悟を決める。
そして重い足取りのままドナドナと空き教室に向かった。
☆☆☆
「逃げずにちゃんと来たみたいやな!」
当たり前だが空き教室には、すでにヤンキー二人が陣取っていた。
前にチラッと見た時と変わりなく、この教室では端っこに机と椅子が無造作に積み上げられている。
空き教室を勝手に使って大丈夫なのかという疑問は横に置いておこう。
ヤンキーとは先生とか気にしないからヤンキーなのだ。そういう生き物なのだ。
「そのリュックの中身が無いと復習出来ないんだよ」
ヒョロガリで声の大きい白髪頭に軽く文句。
ちょっと嫌な汗をかいたが、髭面は特にアクションを起こさない。
このくらいの軽口は許してくれるみたいだ。セーフ。ホッと一息。
「逃げずにオレ達の前に来たんだ。その度胸は認めてやる。まあ、座れよ」
威圧感バリバリの髭面が椅子を一つ俺の前に置く。
こいつには文句を言う勇気は無いので、大人しく従って椅子に座る。
「なあマツモト、俺の椅子もくれよ」
「自分で取れ」
「んだぁケチモトが! お前のドケチエピソードが速くも更新されたかんな!」
「この程度でケチってお前エグ過ぎだろ……」
至極下らない事で内輪揉めが始まった。
「エグい!? 黒崎にはポンと椅子渡したのに俺が椅子欲したらそれエグいんか!?」
「黒崎はこっちが呼び出したから渡しただけだっての。お前はこっち側だから渡してやる義理無いし」
「義理とか関係無くない!? そこで優しさ出せやんからお前はケチモトって呼ばれとるんやろが!」
「呼んでるの主にお前だけだろ………………ああ、もうめんどくせぇな。ほらよ」
グチグチ言う白髪頭に髭面が折れて椅子を持っていくが。
「え、そんな仕方なく? 俺、そんな仕方なく渡された椅子に気持ちよく座れやんのやけど……」
こいつすげぇな。
同級生とはいえ顎髭生えた強面に挑発混じりの文句を息を吐くように口から出すじゃん。命が惜しくないのか?
「お前、マジでいい加減にしろよ……?」
ドスの効いた声。
髭面のマジ怒りを前に流石にふざけた態度を出せないらしい白髪頭。
音を立てながら椅子に座って弁明を図る。
「いやいや冗談ですやん! ちょっとしたバッドコミュニケーションですやん!」
「マジでお前……自覚あるのが余計にムカつくわ。クソ野郎が」
不承不承ながら鎮火した。内輪揉めは収束したらしい。
……というかいきなり呼び出されて、俺は一体何を見せられてるんだ……? コント?
「悪いな。このエセ関西弁のバカがうるさくて」
「いや、別に……」
白髪頭のやつ、エセ関西弁なのか……。
「バカァ!?」
小学生並みの暴言でしおらしくなってた白髪頭の勢いが復活した。
「もう黙れ! 本題に入れないだろバカが!」
「バ──」
「アホ! ドジ! マヌケ!」
「あ、ああ……」
「クソ! ゴミ! カス! キモ!」
「それ言い過ぎ言い過ぎ……もうやめて下さい……心痛過ぎ……」
小学生並みの暴言の猛攻に勢いが失速し、ついには白髪頭がズーンと落ち込んだ。
良い気味だと達成感に満ちた顔をした髭面は椅子に座り、改めて俺に向き直った。
「で、お前を呼んだ本題だが──」
「一ヶ月前に一之瀬コイを振ったのはお前やな!」
白髪頭、お前復活早過ぎ。メンタルどうなってんだよ。
というか一之瀬コイ……誰だ?
「その顔、誰の話か分かってないみたいだな。まあ、一ヶ月半も前の話なんだ。クラスで孤立してる黒崎が忘れるのも無理はないが……」
おい。何も間違ってないが言い方。
「会話すらした事無い異性にアタック仕掛けて派手に玉砕したバカ女の事や!」
「おいそれ絶対本人に言うなよ! 殺されるぞ!」
それは俺も思う。
…………んん? 一ヶ月前、面識無しの異性、アタック、玉砕。……告白?
もしかして、あのだらしない女の話か?
「お、どうやら思い当たる節があったみたいだな」
「ほれ、写真見てや」
白髪頭がスマホを見せてきた。
画面には私服姿のだらしない女がだらしない姿を晒している写真が映し出されていた。
プライベートの写真持ってるとかずいぶん仲が良いんだな。
「確かにこいつを振ったのは俺だけど……クラスの仲良い女子が恥かかされたから、落とし前でもつけに来たのか?」
ヤンキーはメンツを大事にする生き物だ。
いや、例えそうだとしても来るのが一ヶ月遅くないか?
「今何を思ったのか手に取るように分かるで。来るの遅過ぎや思ったな?」
「……まあ」
「そもそもオレ達は一之瀬コイが一ヶ月前に仮病使って不登校になったから、その理由を探っていたんだ」
新事実。あのだらしない女は不登校になっていたらしい。
「昨日になって急に黒崎の事を愚痴るように話し始めたから何事かと思ったわ」
「多分、定期試験が直前まで迫ったってのもあるんだろうが」
避けては通れないでかい壁に焦って溜めていた鬱憤を吐き出した。
それが昨日だったって事ね。
「なあなあなあなあ」
「……近い」
俺のパーソナルスペースを容易く突破する白髪頭に苦言を呈する。
白髪頭は気にせず言葉を続けた。
「コイに『一昨日来やがれクソビッチ』って言ったの、ぶっちゃけガチなん?」
そういえばそんな事を言った気がする。
「一之瀬コイはその言葉で傷付いて不登校になったらしいが」
うーん。旗色が悪い。
これは殴られても仕方ないけど、殴られなくねぇ……。
あの時もうちょっとマイルドに断るべきだったか?
いや、あの場面を何度繰り返したとしても間違いなく『一昨日来やがれクソビッチ』は言ってたな。仕方ない。大人しく腹をくくるか。
「やるなら一思いにやってくれ……っ」
「顔背けて何言ってんだお前……」
髭面が呆れた顔をする。
「あははは! てことはマジなんだ! マジでクソビッチって言ったんだ!」
突然、白髪頭が腹を抱えて笑い出した。
「???」
「おい黒崎が置いてけぼりで宇宙猫になってるぞ。発端はお前なんだから、お前が黒崎に説明してやれよ」
「おお、すまんすまん……くくっ」
白髪頭の横隔膜は元気に痙攣を繰り返してる。
しばらくして「あー、今年一番笑ったー」と落ち着いたところで俺に向き直った。
「黒崎に告った一之瀬コイなんやけど、俺の双子の姉やねん」
なるほど。だからプライベートな写真を持ってたのか。
てっきり恋人とかそういった仲を想像してたが、どうやら違ったようだ。
「コイには物心つく前からイジメられててな。あいつ、ガサツでだらしなくて怠け者なんやけど、学校サボるんだけはした事無かったから気になってん」
あー、何か先が読めてきたぞ。
「だから今回、スカッとしたから功労者に飯でも奢ったろかなーつってな!」
だと思った。
仲悪い姉弟なら相手の不幸は肴になるか。
俺は仲悪い姉弟いないから共感は出来ないけど。
「仕返ししたら両親ともコイの味方しよるし、女の子だからってなんやねん! コイが悪い事してなあなあで済ませるのもおかしいやろ!」
「それ、反抗期で髪染めてんの?」
思わず口を挟んでしまった。
「これはブリーチ二発キメただけやから髪染めじゃないね」
「反抗期は否定しないんだな」
髭面が突っ込んだ。
「そんなん言い出したら物心ついた時から反抗期やね」
「まあ、片方が優遇されてるのに優遇されないもう片方の立場に置かれたら不満も溜まるよな」
「マツモト! お前だけや、俺の苦労を分かってくれるのは!」
急に友情劇始めるじゃん。
「ちょっ、近付かないでもらえます? オレ、ノーマルなんで」
速攻で梯子外されるじゃん。
「はぁあああああ!? 俺もノーマルですけど!? お前クサッ! クサクサクサァ!」
「お前の方がクサ! クサ過ぎ、殺虫剤撒いとこ!」
「は!? お前っ、あろう事か人をカメムシ扱い!? 人の心とか無いんか!?」
こいつらまた喧嘩始めてる……。
「いや、お前はミイデラゴミムシだな」
「ミイデラゴミムシ!? 別名『屁っ放り虫』と名高い!? 失礼な奴やなぁ、俺はケツから百度の屁なんか噴射せんわぁ!」
妙に詳しいな。
「それならお前なんかスカンクや! あー、クサクサクサァ!」
「スカンク!? 失礼な奴だなぁ──」
「お前、それスカンクに失礼やろ」
スンと声を落とした白髪頭が天丼キャンセルした。
こいつ綺麗に梯子外し返したな。
見事な即興コントに俺は思わず感嘆の吐息を漏らした。
「いや──」
「スカンクに謝れよ」
「お前もミイデラゴ──」
「スカンクに謝れよぉ!」
「すみません」
白髪頭の奴、でかい声で反論を圧殺しやがった。
髭面も気圧される事あるんだな。
うーん、うん。いや、面白かったけどさ……。
「俺、もう帰っていい?」
「「………………あ」」
こいつら、俺の存在をすっかり忘れて喧嘩してたらしい。
それはいいんだけど(よくない)、唯一気に入らなかったのは白髪頭が「そういや明日中間テストや!」と俺より先に帰ってった事。
髭面が「バカが悪かったな」と謝ってきたがお前も同罪だ。というか同類だ。
自分は違うみたいに言うな。白々しい。
俺が帰路に着く頃には、このヤンキーコンビに抱いていた恐怖心はすでに吹き飛んでいた。
「何だったんだ、あいつら……」
呆れ混じりの呟きは駅構内の喧騒に紛れて消えた。
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