プラスチック・プランテーション

 ウシャンカを被ったサムさまは監視塔から見下ろすように二脚バイポッドでゲパード対物ライフルを据えています。

 そこから覗く高倍率スコープの図像はまさに視野狭窄の比喩そのものです。

 発砲。抑声器サプレッサーによって抑圧された大口径弾はゆるりと放物線を描き遠くの砂漠の砂に着弾すると――爆発。大口径弾の狙撃による地雷の除去です。

 おお、なんと平和維持活動Peacekeeping Operation的な光景でしょうか。それは『シンドラーのリスト』のアーモン・ゲート少尉が強制収容所の囚人たちを、気晴らしに狙撃しているシーンにそっくりです。

「これって全部の地雷を爆破するわけじゃないんだろ? 都市防衛の問題もあるし」

エニーさまが退屈そうに地面で炸裂する花火を眺めています。

「はい。私の通り道が出来る程度で充分です」

普通に道路を通って行けば良いのではと思われるかもしれませんが、アルファヴィルとベータヴィルなどの都市どうしをつなぐ国道は、私の目的地である砂漠のど真ん中には通じていないためです。

「モーセの出エジプトかぁ」

人類は『アフリカの角』から風の女悪魔リリートゥの住まう紅海の嘆きの門バブ・エル・マンデブ海峡を超えてアラビア半島に渡ったそうです。


 “彼女の門は死の門であり

 その入り口を陰府シェオルへと続かせる

 そこから誰も戻っては来ない

 彼女に憑かれた者は穴へと落ちゆく”

 (死海文書4Q184)


 エニーさまが人工培養されたヴィーガン肉のサンドイッチを齧っています。人類は野生動物との共生と共存を諦め分離を選択しました。家畜の搾取は制限され(人々が散々繰り返し試みていることですが、ある文化や民族集団、慣習を意図的に消滅させるのは本当に難しいことです)、生きた愛玩動物ペットを飼うことは一種のステータスとなりました。

 【マネキン】や【本】などの家具人間たちもまた、ステータスの一つです。

 にゃあにゃあ、と足元で电气猫ディエンチーマオのダイナが鳴いています。

 この子も機械人形オートマタの私と同様、偽物なのでしょうか?

「エニーさまの飼っていらっしゃるネズミたちもなのですか?」

「ネズミじゃなくてラットだよ。元は実験用の品種。あたしはステータスのために動物を利用しようと思ったことはないね……他存在はただ単に愛情を注ぐためにるもんだろ?」

そう言ってエニーさまは食べかけのヴィーガン・サンドを肩に座るネズミに食べさせました。生物は他存在を消費し、養分を吸収することで、自身の生体システムを拡大させたり維持したりします。生物個体と社会システムはその点で類似しています。

 感情は生物の欲望に由来する機能です。

 人間の善意や感情は、それがシステムの前提として組み込まれた段階で失われてしまいます。移ろいゆく基準である理性とは、あくまで人間の持つ感情の一部であり、その対義語はシステムなのです。

 加速された資本主義経済によって空気中に放出された二酸化炭素は、今世紀の倫理的価値基準である炭素固定ダイヤモンドや、工業用の炭素繊維強化プラスチックCFRPとして固定されています。

 我々は倫理的に正しかったり優れているから平和や多様性を選択しているのではありません。それは地理的政治的要因に起因する豊かさと閑暇さに基づくものです。

 満たされているから倫理や他存在を気に掛ける余裕が生まれるだけのことです。

 ソイレント・グリーンは人間だ!

 突然フライシャー監督の名作映画のネタバレを叫んでしまい、失礼しました。

 私たちも愛玩動物と同様、社会システムに飼い馴らアプリボワゼされているに過ぎません。

 この搾取構造に加担しています。

 遠くに一面の綿花が風に揺れています。

 郊外バンリュー棄民スラム地区の外周……それは労働機械ロボットたちが働く巨大な農業エリアでした。

 私のバニー・スーツのウサ耳がピクピクと反応しています。

 このウサ耳は熱源探知、音響定位、爆発物検知、放射線測定器など各種センサーを兼ねています。『サンダーボール作戦』に登場する腕時計と同じですね(それとも、腕時計がスパイカメラで赤外線カメラのほうがガイガーカウンターでしたか?)。

 外観が全て機能に還元可能であるなら、そこに幻想の入り込む余地は存在しません。人間の記憶は可塑性物質の立体的構造に還元され、核戦争を想定して構築されたインターネットのインフラストラクチャがそうであるように冗長性を有しており、記憶と記録は形状と凹凸のことであり……、表層は皮肉で覆われていて、その深層は物事の骨子となります。

 それで、このウサ耳は遠くにリッチーさまの姿を捉えました。(その姿は未だに成長を拒む少年のようです)

「とおっ」わざとらしく喋って私は監視塔から飛び降りました。もちろんピアノ線のワイヤーを命綱にしていますよ。

 突然眼の前で身投げした私にエニーさまから無電通信が入ります……。

「おい! 仕事した分の金は?!」

「必要分の経費を計上して、警察署のネナさまにご請求ください。正規の手続きに基づいた仕事ですので」

「めんどくさっ! 暗号通貨オルトコインとかで良いから振り込んでくれよ」

「そう言って脱税するつもりでしょう。電子発注書を送りますから」

「【代表なくして課税なし】だろ?」

「インフラの維持と整備に使われますよ。少なくとも、私はそう聞かされています」

「役所仕事かよ!」

「役所公事です。では一旦、通信を切りますね」

無電の先でエニーさまが何か言ったような気がしましたが、私はヒーロー着地! で地面に降り立ちました。次いでダイナも着地しました(猫はどんな高いところから落下しても無事に着地できるのです……いいえ、それは蟻の話でしたか?)。

 様々な種類の廃棄物の腐ったような匂いが漂っています。廃材で作られた家屋やテントが砂漠の風になびいています……。死体とゴミの境界が曖昧になっています。

 生命と部品の境界が曖昧になっています。義肢と人工臓器のことです。

 それらは体液・通貨リキッドによって交換・取引トランザクションされるという意味で共通しています。

 住民たちは怪訝な表情で私を見ます。が、すぐに興味を失います。市井の人々は日々の仕事や生活で忙しいのです。

 どうやら棄民スラム地区の住人たちは、都市防衛のために設置された地雷を解体し盗み、売り捌いているようです。むろんそれが警察ドローンなどに発見されれば処罰の対象でしょう。

 だが、誰がそれを気にしますか? 見棄てられているから棄民なのであって、この一帯は税金の投入されるインフラ維持整備の範囲外ですので。凍傷や糖尿病で指先が腐り落ちるように、この経済システムと同じく循環器系は末端から破損していくのです。

「やれやれ、するに事欠いて今度は貧困ツーリズムですか? はあ……」

私の姿を認め近づいてきたリッチーさまがため息混じりにそう言います。

「仕事の依頼です。砂漠地帯の違法電脳アクセスの調査に向かうのです……預けておいたものはありますか?」

「ああ。ちょっと仕事に使ったけど」

それは裸のネイキッドバイク『アル=カマル』のことです。遠出をしないときはリッチーさまのガレージに預けているのです……。

「仕事? 内臓の密売ですか」

「ビラ配りだよ。ほらこういうの」

リッチーさまが差し出すビラには「基本的人権」やら「博愛精神」「民族主義」「分離主義」などの美辞麗句が書かれていました。

「これは犯罪ではありませんか?」

「何を売ろうが自由さ。僕は思想を売って暮らしている」

今日び世界じゃ思想も哲学も外部委託の時代で、薄利多売で利益を出している。言葉はダイヤモンドより脆く儚く、ゆえに貴重で規制の対象である、そこに旨味がある。

 遠くの街中から、また自爆テロの音が響いてきました。

 まあこれは明らかに思想犯の仕草ではありますが、今回は私の管轄外でもありますので、別に見逃しても問題ないでしょう。(私もまた、世界秩序や平和よりも明日の食い扶持のほうが大事な種類の人間です)

 人間にとって物語はどうでもよく、自分の感情を追認してくれるものが欲しいだけなのです。

 そもそも国民国家の民主主義というだけで、近代の時点で既にファシズムと民族主義・人種主義に陥る危険性を元から内包していました。国民国家も民族も人種も物語であり、物語にコミットメントするか否かで民族や人種が異なるのであり、多数派と少数派の権力勾配ができるからです。

 この社会と加速された経済システムは、格差の固定と価値の偏在を前提とすることで成立しています。

 だから価値の交換すなわち商取引が成立します。

 盗まれた地雷は即席爆発装置IEDとなって、売買された思想により都市部や郊外でその花を咲かせていることでしょう。

 それもまた社会が特定の階層を軽視した結果でしょう。(それが21世紀初頭であれば、自己責任と評価されたことでしょう)

 まあそれはそれとしても。

 私はバイクに跨ると、荷台にダイナがちょこんと座り、スロットルを回します。

「おい!」

リッチーさまが排気音に負けないよう大声を出しています。

「なんでしょうか?」

「ウサギかイヌか、そろそろハッキリしたらどうだ?!」

しかしその両面性を兼ね備えているのが分裂人間シゾイドロイドの私ことアリス=ゾーイなのです。

 タイヤが土煙を立てて発進します。

 監視塔のスコープがきらりと反射して、抑圧された無音の発射音ののちに空気を切り裂いた大口径弾が飛来しました。

 弾丸は砂漠に着弾、地雷を爆発させ砂を巻き上げました。

「やるじゃありませんか」

私は振り返って、遠くに監視塔のサムさまとエニーさまの姿を認めました。たぶん手を振ってくれているように思えました。

 裸のネイキッドバイク『アル=カマル』は飛び上がって着地、そのまま砂漠の奥地へと進んでゆきました。


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