第5話 ●偽魔王、暗殺者に狙われる

「お粗末すぎる」


 目の前の交渉を前に、アインシュバルツは思わずそんな言葉を零す。


「こういう場合は忌避されている道具を相手が作っているという点を脅しの材料にしてこちらの要求をのませるのが定石。または、相手の家族や近しい人間を人質にとるべき。そうでなくては簡単に裏切られる。ましてや自分の弱点を伝えるなど論外だ」


 ぶつぶつとシラキの行動に指摘をする。

 それは、自分だったらこうする、というより、こうすることが正しいはず、といった具合の口調であり、ある種傲慢な態度と言える。


 しかしだからこそ、違った選択をした上で交渉に成功したことがアインシュバルツにとっては驚きであった。


「……まぁどんな過程であっても、目的を果たしたのなら上々と言えなくもないか」


 どんなにお粗末でも、論外であっても、結果的にシラキはミランダと交渉に成功した。その事実はアインシュバルツにも否定できないことではあり、認めざるを得ない。


「それにしても、誰でも魔法が使えるようにする道具、か……確かに自らが魔法が使えないとなれば、他の選択肢はないと言えるだろうな」


 これがただの一般人の魔法使いならそこまで問題にはならないだろう。確かに魔法が使えないことでネガーフィルでの生活は色々と不便にはなるだろう。だが、生きてはいける。


 一方、王族であるアインシュバルツとなれば話は別。

 魔法の国の王族が、魔法が使えなくなったとなれば一大事。それも『呪いの王子』と呼ばれていた少年であれば、尚更である。

 知られれば、王位継承権の剥奪……程度で済めばまだいい。もしかすればそれをきっかけにして『処分』される可能性もある。それだけアインシュバルツを邪魔に思っている者は多い。


「とはいえ、道具で魔法を補うというのも、中々の綱渡りではあるが」


 何度も言うようだが、誰でも魔法を使える道具というのは、ネガーフィル内では異端な考えであり、受け入れられる可能性は低い。

 だからこそ、シラキが魔法を使うとなれば、道具の補助で行使しているという事実を隠さなくてはならない。


「……もしやこれ、解決どころか、問題が一つ増えていないか?」


 秘密を他人にばらし、その秘密を隠すためにさらなる秘密を持ってしまった。

 ……果たして今後、この男はちゃんとやっていけるのだろうか、と内心不安になるアインシュバルツであった。



 ********



 唐突ではあるが、シラキは暗殺されかけた。


 いつものように今後の対策をあれこれまとめながら、疲れ果てて床に就いたのだが、そこをどこからか忍び込んできた暗殺者に命を狙われたのだ。

 幸いにもその暗殺は失敗に終わったのだが。


(っっぶねぇ……!! ミランダに自動防御の魔法道具作っておいてもらってよかったぁ……!!)


 シラキは次期国王の最有力候補。命を狙われるのは当然である。故に、ミランダに色々と道具を作ってもらい、身を守れるようにしていた。

 おかげで命どころか、怪我一つすることもなく、無事に事なきを得た。


 ……とはいえ、それで全て解決、というわけではないのだが。


『……、』


 現在、シラキの前には一人の子供がいた。

 短い金髪に感情を無くしたと言わんばかりの無表情。

 魔法の縄でぐるぐる巻きにされ、身動きが取れずにいるその子供は、シラキよりも少し年下だろうか。少なくとも、十は超えていないはずだ。


 だからこそ、驚きを隠せない。

 そんな子供が、王宮の警備をかいくぐり、シラキの命を狙った暗殺者だとは。


『……何で殺さない』


 一切の感情の無い声。

 そこには動揺はなく、恐怖もない。あるのはただ単純な疑問のみであった。


『そりゃまぁ、色々と聞きたいことがあるからな』

『話すと思うか? 言っておくが、拷問するなら別に構わない。好きにしろ。だが、無意味だ』

『それは自分は口が堅いっていいたいのか?』

『違う。自分は何も知らされていない。時間の無駄になるだけだ』


 強がり……ではないのだろう。

 暗殺者に必要なのは相手を確実に殺すことのみ。故に相手の情報を余計に教える理由はどこにもない。むしろ、暗殺に失敗し、誰の仕業なのか、何が目的なのか、それを知られないためにも何も知らされないことは大いにあり得る。そのことはシラキも十分に理解していた。だからこそ、彼は別の質問を投げかける。


『じゃあお前自身のことについて聞こうか。名前は?』

『ない』

『ないって……』

『自分は孤児だ。親はいない。物心がつく前に奴隷商に売られて、今の組織に買い取られた』


 言葉に詰まるシラキ。

 ここは異世界。日本ではない。だからこそ、こういう子供が殺し屋として送られるというのがそこまで非現実的なことではないことを知っている。

 だが、それでも日本人としての常識を持ったシラキからすれば、やはり簡単には受け入れられないことである。


『……お前、これからどうするつもりだ?』

『? 意味が分からない。自分は殺されるんだろう?』


 さらりと自分の死について言及するその姿勢に、シラキは眉をひそめた。

 分かっている。この世界にとって異常なのは自分の方だということは。

 どれだけ偉かろうと、どれだけ権力を持っていようと、元の世界、日本よりも危険であり、命が容易く失われる。いいや、むしろ権力を持っている王族だからこそ狙われる立場にいるのだ。


 故にシラキがとるべき選択肢はここで目の前の子供を容赦なく殺すこと。自分の身を護るために、他者の命を奪う。それが簡単にできないのであれば、この先はきっと生き残れない。

 だというのに。


『……お前、俺に雇われないか?』

『……何?』


 馬鹿なことを口にした、とシラキは己の発言の愚かしさを即座に理解する。

 理解した上で、彼はそのまま馬鹿なことを続けて言う。


『その歳で王宮の警備をかいくぐってここまで来れるなんて相当な実力だ。だったら俺を守る仕事をしてほしなー、なんて思ったり……』


 嘘は言っていない。実際に王宮の警備は厳重なものだ。それを十も超えない歳で、侵入し、王子の部屋までやってくるなど至難の業どころの話ではない。その力を味方につけられるのであれば、これほど心強いものはないだろう。


 しかし、そんな要求があっさり認められるわけもなく。


『……無理だ』

『あー……もしかして、その組織に愛着とか恩義とかあったり?』

『そうじゃない。ただ、連中は裏切りを許さない。だから、こんなものを首につけさせてる』


 首。言われてシラキは子供の首につけられている鉄の首輪に目をやる。


『逃亡防止の魔法道具。奴隷とかにつけるやつで、失敗したり、裏切ったと分かれば即座に作動して、首が切断される』


 恐ろしい。だが、同時に理に適っている。死という恐怖を植え付けることで、失敗や裏切りのリスクを減らせるわけだ。

 無論、シラキ個人としては到底容認できることではないが。


 と、そこでシラキの頭に一つの解決策が浮かび上がる。


『……なぁ、それ魔法道具、だよな? だったら、何とかなるかもしれない』





『―――よし。外したよ。これでもう大丈夫だ』


 鉄の首輪をゴミ箱に放り投げながら、ミランダはやれやれを呟く。


『悪いな。夜遅くに呼び出して』

『全くだ。まぁ、アタシにかかれば、こんなもの朝飯前だが』


 ミランダは魔法道具の専門家だ。そして、作ることができるのなら、解体することも可能。そう考えてシラキは頼み込んだわけだが、見事予想は的中した。


『しっかし、これでアンタはよほど命知らずの馬鹿だということが証明されたね』

『? 何でだよ』

『自分を殺そうとした相手を助けようなんて、馬鹿以外の何だって言うんだ?』


 返す言葉もない。

 自分のやっていることがどれだけ愚かなことなのかは重々承知。それを自覚しているのだから、救いようがないと言っていいだろう。

 だが……。


『ほら。これで、お前は自由だ。殺される心配はないぞ』


 語りかけるシラキに暗殺者はすぐに応えない。

 ただ、自分の状況が未だに信じられないと言わんばかりな表情を浮かべていた。


『……どうしてだ。どうしてここまでしてくれるんだ。自分は……お前の命を狙ったのに……』


 自分が犯したことを考えれば、当たり前の疑念だろう。誰だって殺しかけた相手に命を救われるなど思いもしないのだから。


『言っただろう? お前には俺を守る仕事をしてほしい。何せ、俺には敵ばっかりで、俺のやろうとすることにはきっと反発が起こる。だから、心強い味方が一人でも欲しいんだよ』


 何とも情けない話である。

 実力があるとはいえ、十歳にも満たない子供、それも自分を殺しに来た相手に自分を守ってほしいと頼むなど、誰が想像できようか。


 けれども、本人は至って真面目であり、尚且つ彼が暗殺者の命を救ったことは、変えようのない事実。

 そして、その事実こそが、何よりも重要なことであった。


『分かった。今日から自分は……「私」は貴方を自分の主として守り抜こう。生涯をかけて』

『ああ。よろしく頼む……ん? 私?』


 突然の一人称変更に違和感を感じるシラキ。

 そんな彼の疑問を確定させるかのように、ミランダが言い放つ。


『何だ気づいてなかったのかい? その子、女の子だよ』


 ……衝撃の事実を前に、シラキは自分の眼がどれだけ節穴なのかを自覚したのであった。

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