第3話 ●魔王、観察を始める

「…………、」


 気が付くと、アインシュバルツは戻ってきていた。


 先の光景は、恐らくは『シラキハジメ』の前世、というやつなのだろう。

 正直なところ、そこまで珍しい人生ではなかった。愛した者から裏切られ、親や友人にまでも騙されていた。酷いものではあるが、しかしそれまで。


 ……だが、何も感じないわけではなかった。


 確かにシラキは多くの人間から裏切られていた。親からも妻からも友人からも。しかし、裏切られながらも、彼はそこで腐らず、その人生を必死に真っ当しようとしていた。

 怒りもした。嘆きもした。悲しみもした。そして、それらを受け入れた上で、自分の人生を生きようとしていた。


 だというのに、あのあっけない最期である。


「…………、」


 眉間にシワを寄せたアインシュバルツは明らかに不機嫌だった。


 正直、彼は今、抱えている気持ちが何なのか、理解ができていなかった。

 彼は、自分の母親や兄弟姉妹が死んだときですら涙を流さなかった人でなしである。だからこそ、今自分が何故イライラしているのかすら分かっていない。


 けれど、ただ一つ確かなことがあるとすれば。

 アインシュバルツは、既にシラキハジメに対して憎しみという感情を持ち合わせいなかった。


「どのみち、現状はいますぐ解決できる方法はない。しばらく様子見をさせてもらうとするか」


 そして、アインシュバルツは自分の身体を乗っ取った男を観察し始めるのであった。


 *****



『お、落ち着けー。とりあえず、状況を整理しよう。ここはおそらく「マジックスレイヤー」のゲームと同じか、そっくりな世界だ』


 マジックスレイヤーとは、シラキが前世でやっていたRPGゲーム。

 剣と魔法が織りなすファンタジーな世界観であり、魔法の国で独裁を行っている魔王が世界中を蹂躙していくのを聖剣に選ばれた勇者が食い止めるという内容だ。


『俺はその中に出てくるラスボスの魔王「アインシュバルツ・フィルコット・ネガーフィル」に転生したと』


 正確には、転生ではなく、憑依なのだが……しかし、それをシラキが知る術は存在しない。

 彼は身体の内にアインシュバルツがいることを知覚できていない。ならばそれも致し方のないこと。


『そして俺ことアインシュバルツは現在十歳。ネガーフィル国っていう魔法が発達した国の王族で、第一王子。ただし、周りからはめっちゃ怖がれてる。理由は一年前に他の兄妹姉妹がほとんど死亡したから。その原因は未だ不明とされていて、噂では俺が次期国王の座を万全なものにするために魔法で殺したと言われてる……って、最悪じゃねぇか……』


 ゲームのラスボスと言われるだけあって、中々の孤立っぷりだ。実際、それを本当に実行しているとするのなら、確かに周りから怖がられても当然と言えるだろう。

 無論、そんなものは根の葉もない噂であり、真実は違う。


『っつか、アインシュバルツの兄弟姉妹が死んだのって、確かゲームだと自分が次期国王になるために、あいつらが魔法でアインシュバルツを呪い殺そうとして失敗したからだったよな。言い方悪いけど、自業自得じゃねぇか……』


 そもそもにして、考えてみれば当たり前のこと。アインシュバルツは王妃の息子で、第一王子。一番時期国王に近い存在だ。そんな人間がわざわざ変な噂が流れる覚悟で他の候補者を殺す必要などあるわけがない。

 逆に、第一候補であるアインシュバルツの方が狙われる立場なのは誰にだって分かる。

 ただ、間の悪いことに、その第一王子を狙うタイミングが重なり、全員返り討ちで死んでしまった。これによって、残ったアインシュバルツが疑われるのは自然な流れ。しかも、犯人は既に死亡しているので捕まえることもできない。


『でもそのことが原因でアインシュバルツは呪いの王子って呼ばれるんだよなぁ。そこから疫病が流行ったり、飢饉が起こったり、何かしらの不幸があったらすーぐアインシュバルツのせいにされて……その上死んだ王族の親族が逆恨みで何人も刺客を送ったり、生き残った腹違いの妹に二回もクーデター起こされたりして……いやホント苦労してたんだよな、コイツ』


 アインシュバルツは、何も最初から悪役であったわけではない。

 他人にはあまり関心がなかったが、それでも王族としての自覚はあった。子供の頃は国のために頑張ろうとしていたが、度重なる殺意と裏切りによってその想いはどんどんと歪んでしまう。結果、完全な力の恐怖で周りを支配すれば怖くて誰も自分を殺そうとしないし、裏切らないはず、という考えに至ってしまい、結果世界中を巻きこむ戦いを始めてしまうのだ。


『どんだけ頑張っても呪いの王子だの、王様になっても、災いの王だの言われて、誰にも感謝されずに嫌われて裏切られて……そりゃ世界中が嫌いになって、闇堕ちもするわな』


 シラキの前世は途中までは普通のものであった。だから、感謝されず嫌われる人間の気持ちが分かる、などと口が裂けても言えない。

 だが……裏切られることに関しては痛いほど理解できてしまう。

 何故という疑問。どうしてという哀しみ。信じていたのにという怒り。

 たった一度だけではあるが、大勢の人間に裏切られたシラキには分かってしまう。そして、アインシュバルツの場合、それは一度や二度ではない。何度も何度もあんな気持ちになってしまうのであれば、考えが歪んでしまうか、はたまた心が壊れてしまうだろう。

 そして、アインシュバルツの場合は前者であったというわけだ。


『って、他人事のように言ってるが、今度そういう目にあうのは俺だよな……うわー。どうすんだよ。詰みだろ、これ』


 シラキの言う通り、アインシュバルツの現状は最悪だ。既に他の王子や王女が大量に死亡して既に『呪いの王子』のレッテルが張られてしまっている。そして、そこから未来を変えるというのは至難の業だ。


 ならば、全て放りだして、逃げるか?


 幸いにもアインシュバルツ以外にも王位継承権を持つ者は一人いる。その者に任せれば、少なくともアインシュバルツを国王にさせたくない勢力から命を狙われる危険は減るし、『災いの国王』と呼ばれることはなくなるだろう。これから起こる疫病や飢饉、災害もアインシュバルツのせいとはならないはずだ。


 無論、絶対安全というわけではない。王位継承をしないとしてもアインシュバルツが邪魔だと思う者はいるだろうし、疫病や飢饉が起こった際、『呪いの王子』のせいと言われる可能性もゼロではないだろう。


 だが、それでも死ぬ可能性はかなり減ることは確かだ。

 けれども。


『―――でも、何もしないと、大勢人が死ぬんだよな』


 シラキがまず言葉にしたのがそれだった。

 どうやって逃げるか、どうやって自分が助かるかではなく、自分が何もしなければ人が死んでしまう、と。

 そして。


『だったら、まぁ仕方ないよな。俺が頑張るしかない、か』


 そんな言葉を口にし、シラキはあっさりと今後の方針を決めてしまったのであった。

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