第22話 困ったあの子


 日が傾き始めた頃、俺たちは小さくではあるが学院の見える丘の上のベンチに腰掛け、街の灯りが灯り始めるのを眺めていた。


「……今日は本当に楽しかった。こんなふうにただ笑ったの、久しぶりかも」


ネアが抱えたぬいぐるみを撫でながら、ぽつりと呟く。


「俺もだ。ネアのあんな笑顔、初めて見た」

「……私のこと、嫌いになったかと思った」

「まさか。俺がネアを嫌いになる理由がない」

「だって、私、可愛げないでしょ。すぐ怒るし、才能もないし、人を拒もうとしちゃうし……」


彼女の声がどんどん小さくなっていく。

俺は彼女の方に向き直った。


「才能がないなんて誰が決めた?俺はネアの歌が好きだ。それにあの時の踊りも。誰かを元気にしたいっていう心よりも見惚れるものはない。俺はフェイルン・ネアっていうアイドルの最初のファンかもな」


彼女は驚いたように目を見開いた後、顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「……ずるいよ、そういう言い方」


夕闇が空を覆う中、彼女は小さな声で言った。

「ありがとう」と。


俺は静かに思った。

これでフェンリルとの関係はできたな、と。



「『魔女の夜』でやる出し物。必ず見に行くからな」


俺の言葉に彼女は顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。


「当たり前でしょ!一番前の席、空けといてあげる。だから、絶対に来なさいよね!」


力強く揺れる尻尾と、少しだけ俺の腕に寄りかかるように置かれた狼のぬいぐるみの温かさに、俺たちの空っぽだった時間は確かに満たされたのだと分かった。



帰りは夜遅くになってしまった。


学院につき、女子寮があるところまで見送ると最後に彼女は「また……行こうね」とだけ言って、尻尾を揺らしながら建物の中へ入っていった。


(これで悩みは減ったかな……)


「えぇー?!」


突然聞こえる活気のある声に驚いてしまう。

この男の子っぽい声に……腹から声を出すこの感じ。


「先輩!お姉ちゃんと知り合いだったの?!っていうか彼女?!」


その声を聞いたからか、先ほど建物に入ったばかりのネアが猛スピードでこちらへやって来る。


「ど、どういうこと!ぜぇぜぇ……。なんで妹と知り合いなの?!」

「え、こいつ。ネアの妹なのか?」

「そうだよ!言ったじゃん。私、養子に出されて、そこの家には娘がいたって!」

「あーそれでこいつが……」


何か不満なのかそいつは顔を膨らませている。


「こいつ、こいつって……」


ネアが頭に手を当てて困り果てている。


「よりにもよって妹と知り合いだなんて……複雑」

「ちょっと!お姉ちゃん!どういう意味?!」

「そ、それはまぁ……」

「お姉ちゃん忘れたの?!私達で父上と母上、それに召使い達から頑張って生き抜いたじゃん!」


話がややこしくなってきた。


「どういう事だ?」

「私が説明するわ。私とこいつは同じく養子。その家には血の繋がった娘がいる。だから本来、姉妹は3人ね。でも私とこいつは養子やら生まれやで家族からいじめられて過ごしてきた。それでここ、学院内ではお互いに生まれの名前を名乗っている」

「あーだからか。姉妹だと気が付かなかったのは」

「嫌だしね。あそこの家の名前を名乗るのは」

「ねー。なんならその娘、この学院にいるし」


二人は意気投合したように頷いている。


「というか、アルフ。こいつとどこで知り合ったの?」

「去年ぐらいだったか?確か図書館で」

「あー!あー!言わなくて良いよ!僕、そう言う過去の水臭い話好きじゃないし!」

「怪しい……」


こいつのせいで今日が無駄になる。


「こいつが泣きながら『魔法わかんなぁい』って図書館で泣いてたから教えてあげただけだ。そっから分かんないことがあると『先輩!』『先輩!』ってやってくる」

「あはははは。私が教えてあげるのに」


彼女は腹を押さえながら笑っている。

さぞかし面白いのだろう。


「……言ったら今みたいに笑うだろうし……」

「わら、わらっ、笑ってないわよ。偉いとは思うわ」

「絶対笑ってるじゃん!」


そいつは笑いまくってるネアに反撃を繰り出す。


「それでぇ?お姉ちゃんと先輩はどこに行ってきたの?」

「俺たちか?デート行ってきたぞ」

「ちょっ!?」

「へぇ〜。あのお姉ちゃんがねぇ〜。にやにや」

「恥ずかしいから言わなくても良いのに……」

「それで先輩、お姉ちゃんとどこまでいった?」

「ああそれなら」

「言わなくて良いから!」

「ライカー街まで行ったぞ」

「お姉ちゃん。なんで言わなくて良いの?」


こんなのが家に二人いたら大変だろうな。


「とにかく!もう夜遅いから部屋に戻るよ!じゃあねアルフ!次会うときに一緒にこいつを消そうね!」

「お姉ちゃん!く、くび!首もげるから!そんな掴み方やめて!引き摺らないで!先輩ー!お姉ちゃんに飽きたら僕と遊ぼうねー!」

「潰す」

「う、うぐぅ」


ネアって……力強いんだな。

一個下の女の子を片手で引き摺っている……。



じきに二人が見えなくなった。

俺も帰るとしよう。


それにしてもあいつがネアの妹だったとは。


「メルシア・アミュ」


それがボーイッシュのような姿をして、天真爛漫な彼女の名前だった。





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