第20話 あいつだけじゃねぇ

 

 彼女は料理に伸ばしていた手を止める。


「『アンブロージア・エレナ』。そう呼んだ方が良いか?」


彼女はとうとう無言を破る。


「どこから来た」

「遠い場所からだ」

「魔法教会のものではなさそうだな」

「言っただろう?あんたの妹の元恋人」

「どうやってここに居ると知った」

「逆算したんだよ。あの刑務所から」

「私を追う理由は」

「それも分かるはずだ。話を聞いていればな。あいつはあんたのせいで病んでる。付き合っていた当時もあいつはあんたの話をしたがらないどころか、トラウマのように震えていた」


彼女はくすくすと馬鹿にするように笑い出す。


「そうだろう。そうだろうな」

「……帝国新聞にあんたがどっかのヤバいやつと逃げてるって書かれてるぜ」

「それが?」

「俺みたいに停学中で、暇なやつから狙われるってことだよ」


彼女は目の前の円形の机を片手でひっくり返すと瞬時に何かを彼の腰元めがけて一直線に放つ。


「あ〜。思わず見惚れちまったよ」

「海賊の集まるような島で、好きな魔法を答えるのは魔法使いぐらいだろうからな。あいつらには答えようがない」


彼の横には粉々になった杖が床に散りばめられていた。


「杖がなきゃ降参するしかないな」

「追われるのは好きじゃない。狩るのは私の方だ。だが……お前に興味はない。おい、お前ら。こいつを殺したやつに報酬と女をやる」


周りで座っていた海賊は次々に立ち上がる。


「またな」

?」

「そう言ったんだよ。またな」

「くだらない」


彼女は周りの男の視線を気にすることなく店を優雅に出ていく。


「おい、お前ら。本当に報酬貰えると思ってんのか?あいつ、逃げたぞ?」


無言で近づいてくる。

さすが海賊だ。怖い海を渡れるだけある。

こいつらはおかしいんだな。


「おいおい……お前ら、俺に近づき過ぎたら火傷するぜ?良いのか?」


短剣やらサーベルが彼へ一歩一歩近づいてくる。


「はぁ……。言ったからな。お前ら。でも良かったな。近くには海がある。すぐにダイブだ」


彼の周りの刃は人一人分ほどしか空間が空いていなかった。


「そうか。やろうぜ」


彼の拳がメラメラと燃え盛る。

それを見た奴らは驚き、一歩ずつ下がっていく。


「なんだよ。火傷しても良いんだろ?さぁ、やろうぜ」


彼は片膝を地面につけては両手も地面につける。

そして叫び出す。


「ラフロイク」


彼の両手からは炎が広がり、床いっぱいに広がったかと思うと下から上へと炎が伸び上がると同時に天井を焼き、貫く。


「アアァァァ」


叫び声が四方八方から聞こえてくる。

床は炎で焼き尽くされ、土が露出し始めた。


エネルギーは補充したからバッチリだな」


天井を見上げると、焼かれて開いた穴から先ほどの人物が顔を覗かせていた。

目が合うと同時に彼の体目掛けて十字架が他のナイフが投げられる。が彼は避けなかった。


「貴様……」


ナイフは彼の体を通り抜けた。

違うな。彼は身体を炎と同化させた。


「セラフィムか。自分の身体を炎に変化させることができる……」

「ピンポーン。大当たりだな」

「ではなぜ嘘をついた」

「嘘なんかついてねぇよ。好きな魔法は光魔法で得意な魔法は炎魔法なだけだ。杖がなくても身体があれば良いからな」

「面白い……」


彼女の横に見たことのない大型の鳥類が大きさに見合わず少しだけの音を立てて、止まった。


「貴様の名は」

「しょうがねぇな。あんたにだけ教えてやるよ。あいつの姉だしな」


彼は唐突に頭をかき、次に人差し指を彼女に向ける。


・ベルフワイン。ベルフで呼んでくれ」

「そんな力があればすぐに噂になるのに、現状なっていない。使ってこなかったのか?」

「学院内では光魔法だけで過ごすように言われたんだ。だけど……ここは外だからな」


彼はニヤリと笑うと人差し指から鋭く、長い炎を彼女目掛けて放つ。

完璧に当たったはずだ。しかし爆発音と煙が舞うだけで彼女の姿は依然としてそこにあった。


「またな」

「……俺のセリフだ」


彼女はその鳥類の上になると、静かに夜空へ飛び立っていた。






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