第10話 いえない過去


 俺はそう言うと切り落とされたゴレスウッドの右肩に近づいていく。それを見てベルフは


「気でも狂ったのか……?」


と半ば呆れた表情で言い放つ。


ヒビの入った右肩にあたる岩の中から先ほど見えた剣を取り出す。なぜ自分でも杖ではなく剣を選んだのか分からない。


「おいベルフ。こいつの弱点は心臓なんだろ?」

「あ、ああ。色が暗いところがあるだろう?そこが目安になる。だが気をつけろ。硬いぞ」


手に取った剣を確認する。

と同時に嫌な記憶がフラッシュバックする。



色んな人の叫び声。

気が狂った人間、男の掠れた声、女の妊婦が出す情けない声、同い年だった小さい子供の泣きじゃくる声。全てに必ず血がついて蘇ってくる。



落ち着け。今に着目しろ。




「やめてよ!お腹にはまだ子供もいるのに……」

俺は腹を突き刺した。


「俺に勝たせてくれ。妻とここから出なきゃいけないんだ」

俺は喉を掻き切った。


「僕、ここが何か分かんないよ。でも言うんだ。殺せって」

最後まで希望に満ちた子供の目と心臓を上から同時に突き刺した。


「神はぁ。神はひぁ。神は……ダァダァ!……」

もはや人間といえない生き物を何度も刺した。

自分が人間でいれるか、確認するために。




俺は深く深呼吸する。

そして悪夢から覚め、先ほどの視界が戻ってくると自然と手が痙攣していた。

正気を保て。今はあいつを倒すんだ。

それ以外何も考えるな。この剣はあれではない。



今一度剣を確認する。これぐらいなら大丈夫なはずだ。魔法を纏えば壊れることはないだろう。


俺は杖を取り出すことなく、その剣に心の中で詠唱する。


「(深く、底のない深淵よ。炎のように燃え盛り、消えることのない灯りを)」


唱えると剣に黒い炎がまとわりつく。

そこに暖かさはない。


奴の巨大な手がすぐ目の前まで来ていた。

右に避けるか?いやそんな面倒くさいことはしない。


貫く。ただそれだけだ。


右足に力を込めて奴の心臓に向かって飛び跳ねる。そして剣を構え、突き刺す。


確かに硬いな。

剣は刺さったものの奥まで突き刺していない。


「ウオオオオオオオオオ」


奴の体の一部である岩と岩がぶつかり合い、地面が揺れる。


「言っただろう?!硬いって!」

「馬鹿。これからだ」


剣の先に纏わりついていた黒い炎は液体のように侵食していく。そして徐々に内部へと進んでいく。


剣は飲み込まれるように岩の中へと進んでいく。


「ウオオオオオオオオオルルルルルル!!」


痛がっているようだ。

彼は左手を空中にあげると自分の心臓の方向、俺を潰そうとしているのか、振りかざそうとしている。


「おいベルフ!お前にも出番やるよ。奴の左腕を落とせ。俺を狙うなよ」

「無茶言うな。俺には魔力がほとんど残ってねぇよ」

「帰りは俺が連れて行ってやるから。後のことは気にすんな」

「……言ったな。もうどうなっても知らねぇ」


彼は再び杖を構え、今度は魔導書を開いている。そして目を瞑り詠唱する。


「今度は外さねぇぞバケモン!光槍ライトニング!」


先ほどより小さく、スピードは落ちているが腕を落とすだけなら十分だ。


奴の岩の手が俺を潰すのが先か。

それとも光が先か。


答えは簡単だ。


その光は左腕を貫き壁にぶつかると、大きな砂埃が舞う。


「ウオオオオオオオオオリリリリ!」


これで奴は右腕も左腕もない。

全ての準備は整った。


もう十分には浸透した。


俺は奥まで突き刺した後、反動をつけて左から右にケーキを切るように真っ二つに切る。


切られた身体は左方向と右方向は崩れ落ち、地面にぶつかると真っ二つに割れて小さくなっていく。


振り返ると彼は地面に腰をつき、上を見上げている。


俺は腰の抜けているベルフの手を取り、立ち上がらせる。


「歩けるか?」

「……まぁな。てかあんたも、使えるんだな」

「使えるだけだ。専門にしちゃいない」

「それに剣術も」

「真面目に習ったことはない。ただ魔法使いを目指す前に使っていただけだ」

「へぇ、珍しいな。剣士から魔法使いか」

「ある人が教えてくれたんだ。俺みたいな片腕しかなくても魔法が出来るって」

「そいつは誰だ?」


俺は学院のある方を見ながら答える。


「学長だ」


彼はげっそりした顔で「そうか。それよりも先に出ないか?俺はもう……」と情けないことを言う。


「その前に俺はメルキッドのツノを……後23本集めないといけないからな」

「はぁ?!お前っ!?『後のことは気にすんな』って言っただろうが!」



俺は知らんぷりをしながら彼を担ぎ奥へと進み始めた。


久々に剣を握ったせいで過去を思い出してしまった。しかし、それと俺は一生向き合い、償わなければならないのだろう。

どんなに足掻いてもあの過去から逃げることはできない。



「クソが……もう反撃する力もねぇ……降ろしてくれ」


彼の不甲斐ない声は洞窟内に響き渡った。











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