第10話 こんなはずじゃなかった ―side.夜来
西村さんの顔はとてもかっこいい。
黄金比かなってくらい完璧なお顔だ。
ずっと眺めていたい。というか眺めている。
西村さんは勉強が行き詰まると私に聞いてくる。
私は西村さんが分からなかった問題を丁寧に教える。
妹とかほかの人に教えるよりも何倍も丁寧に。
西村さんは要領がいいのだろう。
一回言えば、きちんとその公式を理解し、そのあとは応用問題だとしても、すらすらと解いていた。
そう。彼女はちゃんと勉強ができている。
なのになぜ赤点なんか…。
私は西村さんの真剣な顔を見ながら西村さんのことについて考えていると、
「ねぇ…」
声をかけられた。
「はっ、はい!何でしょうか!」
問題は難なく解いていた。
なのになんで、声をかけてきたんだ。
いや、嬉しんだけども…。
「なんでずっとこっち見てくるの?」
「暇なら、本読んだり、課題とかしてても全然いいよ。私は教えてもらってる身だから夜来が何してても気にしないよ。じっと見られてると気になってしょうがない」
「ぁあ、ご、ごめんなさい!!!見られてあまりいい気はしないですよね…」
「気をつけます…」
私、西村さんにばれるほど、ガン見しちゃってたかな。
気を付けないと。
彼女に嫌われたくはない。
あまり見ないように気をつけなくちゃ。
「まぁ、いいや。それよりもここなんだけどさ…」
そう言って西村さんは、問題集を見せてきた。
あぁ、これはこっちの公式を使うほうが…。
私はできるだけ、彼女の顔を見ないように彼女の手元をじっと見ていた。
あ、指がすらっと長くてめっちゃきれいな手。好き。
―――――
西村さんはすごく集中していた。
最後のほうは私の解説がなくとも、一人で解いていた。
ほんとに追試を受けるのかと思えるほどすごい。数学は余裕で合格できるだろう。
ニアミスや、ケアレスミスがなければ満点だってとれると思う。
時計をみるとそろそろチャイムがなりそうだったので私は集中している西村さんに悪いなと思いながら声をかける。
「あ…ここらへんで終わりですね。お疲れさまでした。…あの、次はいつしますか?」
「私はいつでも大丈夫なので、西村さんができるときで…」
西村さんを時計をみてびっくりしたあと機嫌がよさそうだった。
「お疲れ。今日はありがとう。すごく助かった」
「うーん、明日もお願いできる?追試まで残り一週間ちょいしかないから毎日。放課後のこの時間で。だめかな?」
西村さんの提案に私はニヤニヤとしてしまった。
追試のためなんだろうけど、それでも彼女に求められているということが心底嬉しかった。
「はい!大丈夫です!」
私は、元気よく返事をした。
すると彼女は少し微笑んでいた。
…微笑んだ?
「ねぇ、欲しいものある?」
欲しいもの?そんなの西村さんだ。
いや、それよりも彼女が微笑んだことのほうが問題だ。
私が大きな声で返事をしただけで彼女はすこし笑ったのだ。
友達といても笑わないのに。
でも、さっきの顔は、
ちゃんと微笑んでいた。
どうしよう。すごくうれしい。
微笑んだ理由はわからないけど、私に微笑んだのだ。
それだけで、彼女に近づけたような気になってくる。
西村さんの顔をみると、今度はすこし渋い顔をしていた。
やばい。私がはやく答えなかったからかな。
「なんでもいんですか?」
「ぇ?あぁ、うん。なんでもいいよ。欲しいものあった?」
「高いものとかは買えないけど、私のできる範囲でなら」
欲しいものは先ほども思った通り西村さんだ。
でも私は西村さんが欲しいなどと言って嫌われたくはないので、違うことを言おう。
うーん、あ、西村さんが使っているシャーペンと同じシャーペンが欲しいな。
「西村さんが欲しいです」
「…え?」
あ、うそ。間違えた。
西村さんはすこし眉を顰め、私の言ったことが信じられない様子だった。
やってしまった。きっと西村さんに嫌われた。
もう無理。やけくそだ。
「私は西村さんが欲しいです」
「それ以外に、欲しいものもしてほしいこともないです」
チャイムがなる。
「チャイムなっちゃいましたね。すみません。私、帰ります」
「あの、ごめんなさい」
タイミングのよいチャイムに感謝する。
私はカバンを持って、教室を逃げるように去る。
西村さんは何も言わなかった。
せっかく仲良くなれる機会が得られたのに、自分からダメにしてしまった。
もう彼女に勉強を教える機会はないだろう。
そもそも話す機会もきっともうない。
あがり症の自分が嫌になる。
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