第23話 砂塵に消えた懺悔
●Scene-22. 2059.06.16. 02:50am. 新さっぽろ 廃線跡
倒壊した旧JR新さっぽろ駅と崩れ落ちた陸橋の瓦礫が、道路をふさいでいた。
その瓦礫の山に腰かけ、少女が人を待っている。
少女はぶかぶかの男物のコートにくるまって足をぷらぷらさせながら月を見ていた。
そんな少女の眼前に、すらりと長身の男が立った。
少女はハッと顔を向けた。
男の銀色の髪が薄紫色の月明かりに透けて輝いていた。
「外に出るなと言っただろう?」
ぶっきらぼうに男はたしなめた。
「きらきらだぁ……。ふぁらん……」
少女は、ぱぁっと天使の笑顔になった。
「おかえりなさい」
花狼はあきれ果て、厳しい声になる。
「おまえは、自分が狙われているという自覚があるのか?」
とたんにしゅんとして、愛芳は上目遣いに男を見上げた。
「おこってる? ふぁらん」
「ああ」
花狼は乱暴に少女の腕を取ると、強引に引っ張って地下に降りる階段に向かった。
「ごめんなさい。えきのなか、まっくらで、ふぁらん、いなくて、さびしくて……。おそとにでたら、おつきさまが、こんにちはしてて……」
ひくっ、としゃくり上げた少女を、花狼は振り返った。
少女は叱られた仔犬のようだった。
大粒の涙を惜しげもなくポロポロとこぼしながら、男に手を引かれるままに足を動かしていた。
花狼は立ち止まった。
少女も立ち止まった。
「泣くな」
「ふえぇぇぇん……!」
愛芳は、激しく泣き出した。
花狼は狼狽して、一瞬、その場に立ちつくした。
男は膝を折り、泣きじゃくる少女と目線を合わせた。
「ひとりはヤなの。こわいの。どこにもいっちゃヤだょ……」
少女は身をかがめた男の首に、体当たりするように抱きついた。
羽織ったコートが肩からずり落ちて風を孕む。
少女は、細い腕で力いっぱい男を抱き寄せた。
その、鎖骨の突き出た華奢な肩が、ほんの少しだけ丸みをおびた胸が、男の胸の中で震えた。
「おこらないで。きらいにならないで……」
男は観念した。
こんな子供を相手に対処に困る時が来るとは、思いもよらないことだった。
何万という罪のない人間を無惨に焼き払うことのできる自分が、たった一人の少女の涙に狼狽する現実を嗤った。
それは、この少女があまりに無垢で、あまりになにも知らないからだろうか……。
麗芳と同じ遺伝子を持つ存在だからだろうか……。
花狼は、赤子をあやすように、少女の背をポンポンと叩いた。
「俺が怒っているのは……、おまえが、自分が危険な立場だということを自覚していないからだ」
戒無に問われるまでもなく、わかっていた。
レッド・クロイツの内部にも、この愛芳を野に放った者の仲間が潜り込んでいる。
そいつは花狼から愛芳を引き離そうとした。
花狼が護っていては、いつまでたってもバビロン・クラックの感染は広がらないからだ。
「きけんな……たちば?」
愛芳は、涙でぐちゃぐちゃになった顔で、首をかしげた。
「ああ。俺は……、もう二度と……」
言いかけて、一瞬、男は強く少女の体を抱きしめた。
目を閉じると網膜に焼き付いて離れない映像がある。
炎に包まれ、苦悶に身をよじる少女の姿だ。
生きたまま焼き殺した、あの少女の姿だ。
愛芳は、あのときの少女と生き写しだった。
あの子は自分があの国に派遣された理由も知らされず、自分が焼き殺されなければならなかった理由も知ることはなかっただろう。
その身に起こった不条理を、ただ翻弄されるままに享受するよりほかなかったのだ。
確かに、あのときは他に道がなかった。
たとえ、愛する女を裏切ることになったとしても。
だが、誰にも明かさぬ心の裡で、あれを二度とは繰り返したくはないと思うことは、罪ではないはずだ。
強く抱きしめられて、少女は小さくあえいだ。
「にど……?」
少女は息をつくと、男の首に回した腕の角度を変えて、その頭を抱き込んだ。
そっと、小さな手で愛おしむように銀色の髪をよしよしと撫でる。
「ごめんね……ふぁらん……」
少女は男の耳元でささやくと、そのまま男の耳たぶに、ついばむようなキスをした。
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