第3話 仕入れルート争奪戦と信用取引のリスク


在庫処分に成功し、手元には600ゴールド以上の現金が残った。

しかし、これは“戦いの資金”を用意したにすぎない。


ライバル商会――バルド・トレーディングは、商品の供給元である「南方交易組合」の仕入れをほぼ独占している。


もし、こちらが安価で良質な商品を安定して仕入れられなければ、いずれ価格競争で潰される。


俺は、次の戦場を決めた。


「仕入れルートを奪う」――それが、今回のミッションだ。



「坊ちゃま、南方交易組合は、バルド商会と独占契約を結んでおります。直接仕入れは……」


「可能性はゼロではない。」


俺はフィオナを引き連れ、南方交易組合の支部を訪れた。


ここで重要なのは、“取引先の信用”だ。


取引は基本的に現金取引、だが大規模な商会同士では**信用取引(ツケ払い)**が一般的に行われている。

信用取引とは「商品を先に受け取り、代金を後払いにする」という契約。


バルド商会は、その信用取引で大量の商品を先に押さえ、支払いを半年後に延ばしている。

つまり、バルドは現金を持たずに市場を支配しているのだ。


俺は、そこに目をつけた。



「南方交易組合の支部長に会わせてくれ。」


「どこの誰だ、お前は?」


「クロウ商会、セイジ・クロウだ。」


若造が何を――と言いたげな顔をする支部長に、俺は堂々とこう言った。


「御社の抱える、バルド商会の“与信限度額”を確認させてほしい。」


「……は?」


「彼らの信用取引は、すでに限界を超えているはずだ。」


信用取引の問題点は、“過剰な信用”にある。


もしバルド商会が、現金を回収できないまま商品を売り続ければ、仕入れ先への支払いが遅延する可能性がある。


「バルド商会は、市場の値下げ合戦でキャッシュフローを著しく悪化させている。」


俺は、事前に集めた市場データを叩きつけた。


■バルド商会の危険な状況(推測)


売上高は伸びているが、極端な安売りで利益率が低下


与信枠を拡大しすぎて、仕入れ金額が膨大


市場シェアを死守するため、支払い遅延ギリギリで運営


「もし支払いが遅れれば、御社は莫大な損失を被ることになる。」


「…………」


支部長は渋い顔をした。確かに、バルド商会の支払いは最近遅れ気味らしい。


俺は、すかさず切り札を出した。


「御社が取引のリスクを下げたいなら――新たな取引先を用意すべきです。」


「……お前か?」


「ええ、我々クロウ商会は、取引金額を制限し、全て現金決済で仕入れる。」


「現金、だと……?」


現金で支払う相手は、仕入れ先にとって一切リスクがない。

与信リスクも焦げ付きもゼロ。

しかも、バルド商会に対する支配力を“少しだけ”削ぐことができる。


「バルド商会に依存しすぎるリスク、理解してますよね?」


支部長は、苦い表情のまま、ゆっくりとうなずいた。


「いいだろう……だが条件がある。」


「聞きましょう。」


「バルド商会には、この話は伏せろ。もし奴らに気付かれたら、我々も無事では済まない。」


「お任せを。」


こうして、俺はついにバルド商会が独占していた仕入れルートの“穴”をこじ開けた。



仕入れを開始した俺たちは、市場に良質な商品を流し、ライバルよりもやや高い価格設定で販売を始めた。


「兄様、なぜ高く売るのです?ライバルは安売りしてますのに。」


「奴らは値段を下げすぎて、利益が出ていない。」


「じゃあ、勝てないのでは……」


「勝つ必要はない。奴らは、勝つ前に“自滅”する。」


俺は、バルド商会が薄利多売でキャッシュ不足に陥る未来を見越していた。


資金繰りが悪化した商会は、焦ってさらに値下げし、仕入れの支払いが遅れる。

その瞬間、南方交易組合は彼らの信用枠を停止するだろう。


「勝つべき相手は……市場じゃない。資金繰りだ。」


バルド商会が追い詰められたその時、クロウ商会は“買収”を仕掛ける。


異世界における企業経営戦争。

それは、剣や魔法ではなく――現金と信用で動く。



「坊ちゃま、大変です!」


フィオナが血相を変えて飛び込んできた。


「バルド商会が――新たな金融機関と提携しました!」


「……何?」


バルド商会は、俺の動きを察知し、新たに王都の大手銀行と資金契約を結んだという。


これで、奴らはしばらく潰れない。


俺は、思わず笑ってしまった。


「ようやく面白くなってきたじゃないか。」


資金調達、信用取引、仕入れルートの奪い合い。

だが、まだ“本物の金融戦争”には至っていない。


「ライナ、次は――銀行を作る。」


「……えっ?」


「この世界に、俺たちの銀行を設立する。」


異世界に“資本主義”を広げる、その第一歩を――俺たちが踏み出す。

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