第49話 時空の狭間を彷徨う
佐々木は、興奮と困惑が入り混じったまま、熱狂的な野球場にいた。タイムマシンは彼を過去へ送り、自身のルーツと、彼が陥れた宮本武蔵(野球選手)のルーツが交錯する場所へと導いたようだ。彼は、純粋な感動を覚える一方で、自身のギャンブルと宮本を陥れた過去が、まるで遠い出来事のように感じられた。
夜も更け、路地裏で賊に襲われた佐々木は、偶然手にした未来の圧縮バットで反撃した。そのバットは、まるで圧縮された空気を纏っているかのように強力な一撃を放ち、賊たちを圧倒する。彼の身体には、かつてのギャンブル狂いにはなかった、研ぎ澄まされた集中力と鋭い感覚が漲っていた。
佐々木は、賊たちを撃退した後も、その場に立ち尽くしていた。金属バットから伝わる微かな振動と、自身の心臓の鼓動が、心地よく響いていた。彼は、野球経験などないはずなのに、なぜかバットが身体の一部のように感じられた。
(これが……「打つ」ということか……)
彼は、野球選手・宮本武蔵の父親の姿を思い出した。あの純粋な情熱。バットを握る手に、その熱が伝わってくるようだった。
1985年、猛虎フィーバー
佐々木は、その後もタイムマシンで時空を彷徨い続けた。電波の入らないスマートフォンは、もはや何の役にも立たない。彼は、街をさまよい、人々の言葉や服装から、今が何年であるかを推測するしかなかった。
そして、ある日。
「六甲おろしに~♪」
どこからともなく聞こえてくる大合唱に、佐々木は思わず足を止めた。彼の目の前には、見渡す限りの黄色い応援グッズで埋め尽くされた人々が、熱狂的な歓声を上げている。そこかしこで、紙吹雪が舞い、ビールの空き缶が転がっている。
「なんだ、これは……!?」
佐々木は、その光景に呆然とした。人々は皆、満面の笑みを浮かべ、抱き合い、飛び跳ねている。そこには、先日彼が遭遇したような、殺伐とした不買運動の影は微塵もなかった。
「おい、あんたも祝杯を挙げないのか!」
見知らぬ男が、肩を組んでくる。その手には、ジョッキに注がれたビール。佐々木は戸惑いながらも、その男の顔を見て、はっと息を呑んだ。その男は、彼が知る宮本武蔵(野球選手)の父親に、どこか面影が似ていたのだ。しかし、もっと若く、そして何よりも、全身から「喜び」が溢れ出ている。
「阪神が……阪神が優勝したんだぞ! 最高の年だ!」
男は、涙を流しながらそう叫んだ。
「阪神……?」
佐々木は、頭の中で、その言葉を反芻した。そして、記憶の片隅に眠っていた、ある時代の情報が蘇った。
「まさか……1985年の猛虎フィーバー……!?」
彼は、この現象が、まさしく日本のプロ野球史に燦然と輝く、伝説の年であることを理解した。岡田、バース、掛布……。彼らの名前が、熱狂的な歓声の中で響き渡る。
佐々木の心に、再び純粋な感動が押し寄せた。それは、彼がギャンブルに溺れていた頃には決して感じることのできなかった、人々の熱量、喜び、そして一体感だった。彼は、自分が何のために、宮本武蔵を陥れたのか、その理由すら曖昧になり始めていた。
(俺は……一体、何をしていたんだ……?)
人々の熱狂の中で、佐々木は自身の過去を振り返った。ギャンブルによって失われたもの。そして、彼が踏みにじった、宮本武蔵の純粋な野球への情熱。
この時代の熱狂は、佐々木の心に、忘れかけていた「何か」を思い出させようとしていた。それは、金や名声ではない、純粋な「喜び」と「感動」が、いかに人間の心を豊かにするか、ということだった。
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