4ヶ月後の2人(レネ視点)

ミュリエルの侍女であるレネ視点。

直接の表現は少ないですが、ミュリエルが貧血で苦しんでいますので苦手な方は自己回避ください。



ーーーーーーーーーー

暖炉には魔石がくべられ、部屋全体が暖かい。にも関わらず、この部屋は明るさを失ってしまったかのようだった。

いや、元より魔王様のお色である漆黒でまとめられた部屋だから、重厚感のある厳かな雰囲気は感じても明るさなど感じるのがおかしいのかもしれない。

・・・そもそも魔王城の最上階にあり、私室である寝室に入ることが叶う者など、ほとんどいない。

昨日からミュリエル様付きとはいえ、一介の侍女である私が入室を許可されているのも、謁見でどうしても付き添うことができない魔王様からの特別措置だ。


「ミュリエル様・・・」


この部屋の主を、唯一微笑み一つで癒すことができるミュリエル様は昨日から伏せっていた。

原因は単純明快であり、年頃の女子であれば致し方のないもの。いわゆる月のものだった。それも、この国に来てから初めての。


「う、ん・・・」


体温の高さ、喉の渇きなどから、その予兆は1週間前よりあった。そのために準備は済ませたつもりであったが、彼女を襲った痛みは、それは重いものだった。

初日はそれが顕著であり、横になってはいても眠りは浅く意識はあったりなかったりを繰り返す。

頬は昨日よりかは赤みがあるものの、先ほど見た手足の先は窓の外に降り積もる新雪のように白い。それがさらさらとした銀髪と相まって、一層儚く思えた。

足を折りたたんで、膝を抱えるように横向きでお休みになる姿は初めて会ったときの寝姿を彷彿とさせた。

きっと幼い頃から、そうして耐えてきたのだろう。様々な痛みを。


「れ、ね・・・」

「ご気分はいかがですか、もしよろしければお食事を」

「あり、がとう。少し・・・いただこうかしら」


緩やかな瞬きで紫の瞳が揺れる。覚醒したミュリエル様は、ゆっくりを身を起こされた。濃紺の前ボタンのナイトウェアの上からカーディガンを纏わせる。薄い見た目よりもだいぶ暖かく、微かだが魔力の織り込まれた香りがする。人によって差はあれど、少しでも体が暖かい方が楽なのだと経験上知っていた。

ホットミルクに薄くスライスしたパンを浮かべて、ふやかしてから渡す。ミルクがゆというもので、私が子どもの頃熱を出すと、母が作ってくれたものに近い。もちろん料理長のお眼鏡にかなった一級食材を使っているから、味は全くの別物だろうが。

ミュリエル様はマグカップとスプーンを受け取り、ゆっくりと口にされた。2口、3口と進むたび指先に熱が戻っていく。

これならば、もう少し寝ていれば落ち着くのではないか。私は少しだけ肩の力を緩めた。


「おいしいわ・・・ありがとう」

「いえ、お礼は料理長へお伝えください」

「でも、お世話をしてくれたのはレネよ。この、湯たんぽはすごく心地よいの・・・」


空のマグカップを受け取り、再びミュリエル様を横にする。目を閉じる前に毛布の中の塊を撫でて、微笑みかけてくださる。普段の穏やかなものよりかは色の白さと目の下のクマが目立ってはいたが、その美しさが損なわれることはなかった。


「それに、少し安堵しているの」

「安堵、ですか」

「ええ、これでやっと・・・役目を、果たすことができる・・・」


そのままゆっくりと目を閉じて、この3日間では1番穏やかな表情でミュリエル様は眠りについた。

しばらくその表情を見つめ、落ち着いた呼吸を確認して食器を持ち上げる。ノックしようとした瞬間にドアが開いて、脇に避ける。そこには息を軽く切らせた魔王様が立っていた。


「彼女は?」

「今し方、眠りについたところです。レモネードとミルクがゆを1杯ずつお召し上がりになりました」

「そうか、下がっていいよ」

「はい、失礼いたします」


扉が閉まる音がするまで頭を下げ、ゆっくりと顔をあげる。控室にいた女騎士に一礼して部屋を出た。

窓から外が見える。この1週間ずっと灰色の雲に覆われていたが、所々晴れて星が瞬いていた。まだちらつく雪が止むころには、ミュリエル様の体調も顔色も、きっとよくなっているだろう。

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