性獣の獲物
龍玄
第1/5話 昭和最悪のレイプ魔
戦中、戦後まもない頃、食料、就職難につけこんで7人の若い女性を強姦・殺害した人並み外れた性欲から、多くの女性を“食い物”にした男がいる小平義雄だ。国から勲章を授けられるほどの功績を上げた男でもあった。
小平義雄は1905年、栃木県上都賀郡日光町(現・日光市)で6人兄弟の三男として生まれた。父親は、村一番の商人宿を経営する金持ちだったが、酒や博打、女にうつつを抜かし破産にいたり、暮らしは貧しかった。
15歳で上京し鋼材会社の見習工や食料品店店員、地元の足尾銅山の古河精銅所工員など職場を転々とした後、1923年6月、「俺はこんなところで燻る男じゃない。国に奉仕し、名を挙げてやる」と18歳で自ら志願し、海軍に入隊した。
横須賀海兵団で訓練を受け、機関兵として戦艦や潜水艦に乗り組み、海外への遠洋航海へも行った。大きな影響をもたらしたのが蒋介石率いる国民革命軍と日本軍が山東省済南市で武力衝突した済南事件だ。殺伐とした戦禍の中、小平の精神も崩壊していく。遣るか遣られるか。そこで残忍さが根ざしていった。
約6年間の海軍生活では兵隊相手の女性との性交渉が何よりの楽しみだった。特にヨーロッパに寄港した際はそのたびに白人娼婦を買い漁り一晩で5回射精することもあった。小平の性欲は人並み外れていた。
兵役を終えて古河精鋼所に復職。1932年1月、28歳で勤務先の上司の姪のてると結婚した。その裏で小平は親戚の娘2人(当時18歳と21歳)と性的関係を持ち、1人に妊娠・出産させていた。同年6月、この事実が明るみとなり、激怒した妻が離婚を申し立て、、半年足らずで実家に舞い戻った。上司の後ろ盾を失うことは大きな損失と復縁を懇願したが、てるは聞く耳を持たなかった。「俺の好き勝手にして何が悪い」と小平は逆上した。
7月2日午前2時頃、上都賀郡東大芦村(現・鹿沼市)のてるの実家に押し入り「お前ら俺の邪魔をしやがって、ぶっ殺してやる」と約75センチのバールで家族を次々に滅多打ちにした。、彼女の父親は死亡。その妻、てる、孫、長男、次男、四女、同家に泊まっていた男性の計7人に2週間~5週間の大怪我を負わせた。
「きやぁー。」
何事かと騒ぎを聞きつけた近所の住民によって小平は取り押さえられ緊急逮捕された。逮捕された小平は、懲役15年の実刑判決を下された。しかし、国家の慶事による2度の政令恩赦で刑期は短縮され1940年9月、事件から8年あまりで仮出所されていた。現在は、識者の間には司法判断を行政が変える制度自体に根強い異論もあり、道路交通法や自動車運転処罰法などの違反。公職選挙法違反による罰金納付から3年がたった者の公民権などを回復させるなどに用いられている。
出所後小平はは、機関兵の経験を活かしボイラーマンとしていくつかの工場を転々とし、太平洋戦争勃発時には飛行場建設要員としてサイパンへ渡航していた。
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