第38話 やけんの国、詩の民 =愛媛県=
その町では、誰もが詩のように喋っていた。
「おばあやけん、今朝もみかんが冷たかったんよ」
「ほじゃけん、陽にあててから食べんとねぇ」
普通の会話に聞こえるかもしれないが、よそ者にはこれがまるで短詩集の朗読に聞こえる。観光客は驚き、SNSにはこう書き込まれる。
「愛媛、全員ポエマー。誰と話しても心が洗われる」
やがてそれは“愛媛現象”と呼ばれ、国から文化財級言語として認定されるようになる。
だがその町で育った高校生・三宅ハルトは、
ひとつもポエムが浮かばなかった。誰かと話そうとすると、喉が詰まり、口をついて出るのは、カタい標準語。
「え? なんなん、その言い方……」
「ほんま、味気ないなぁ。言葉は心やけんよ?」
周囲は次第に彼を避けるようになる。“詩障害者”と陰で囁かれた。
そんなとき、町の役所に新しいAI窓口が導入される。その名も【Poemifier(ポエミファイア)】。標準語を入力すると、伊予弁詩に翻訳される。
たとえば:
入力:「今日、雨が降りそうです」
出力:「ほら、雲の色が 泣きよるみたいやけん」
ハルトはこっそりこのAIを使い、自分の発言を翻訳してから会話するようになった。すると周囲は驚くほど優しくなった。
「ハルトくん、やっぱ言葉は心を映すんやねぇ」
しかし、ハルトの心はむしろ冷えていった。
「俺の言葉じゃない。これは、AIが“俺っぽくしてるだけ”だ」
ある日、町の文化祭で“即興詩対決”が開催された。ハルトは、壇上に立つとマイクを握って言った。
「今日はひとつ、嘘じゃない言葉を言います」
そして、こう続けた。
「おれは 愛媛が嫌いや。いや、ほんとは好きなんよ。でも、詩にせんと 伝えちゃいけん空気が
窒息させることもあるけん」
会場は、しん……となった。やがて、老人がぽつりとつぶやいた。
「……それも、詩やけんな」
そして誰かが拍手した。少しして、それは大きな波になった。その日から、町には**“未完成な詩”**を話す人が増えた。
つっかえながら、ためらいながら、でもその人なりの言葉で――話すようになった。
Poemifierの使用率は激減し、町のキャッチコピーも変わった。
かつて:「言葉は詩、伊予の心は旋律です」
現在:「うまく言えんでも、ええやんか」
ハルトは、駅のベンチで手帳を閉じながらつぶやいた。
「詩は、ポエムやない。息やけん」
風が吹き、どこか遠くで、誰かが笑った。
(了)
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