第36話 うどん空港 =香川県=
香川県の空港に、新たな名前がつくことになった。国際線の乗り入れが本格化するタイミングで、**「わかりやすく」「親しみがあり」「地域性のある」**名称が求められたのだ。
県庁に設置されたネーミング審議委員会では、激しい議論が繰り広げられていた。
「やはり『讃岐国際空港』が妥当ではないかと思います」
伝統派の委員が言った。
「いやいや、『高松空港』のままでいい。余計な改名は混乱の元だ」
保守派の委員が反論する。
だが、観光部門の若手職員が、目を輝かせて叫んだ。
「ここはやっぱり、**『うどん空港』**でしょう!」
静まりかえる会議室。しばらくして、誰かが笑った。誰かがうなずいた。そして――拍手が起きた。
かくして、「うどん空港」構想は正式に検討されることとなった。街にはポスターが貼られた。
✈️ 讃岐の空へ、
🍜 黄金のだしの香りを乗せて
UDON AIRPORT
だが、これに異を唱える者たちもいた。県外から来た企業の代表が言った。
「空港の第一印象が“炭水化物”では困る。我々は香川にビジネスに来ているんです」
教育関係者も抗議した。
「卒業旅行で“うどん空港から世界へ”なんて、子どもたちが軽く見られる」
国会議員は慎重な立場を示した。
「地方創生も大事だが、国家ブランドの統一性も必要だ」
しかし、「うどん空港推進派」は黙っていなかった。街中で署名活動が始まり、
「うどんは文化だ」
「名前で記憶される地方になれ」
といったスローガンが飛び交った。インフルエンサーがこうポストした。
“うどん空港”がトレンド1位。世界に向けて、日本の多様性を発信する最高のネーミングだ。
一方、AIに委託されたネーミング評価システムの分析では…
海外の印象度:★★★☆☆
覚えやすさ:★★★★★
発音のしやすさ(非日本語話者):★★★★☆
意外にも、概ね高評価だった。しかし、評価に対するAIの最後のコメントが物議を醸した。
【注意】「うどん空港」は“ジョーク空港”と誤認される可能性あり
最終的に、住民投票が行われた。「うどん空港」か「高松国際空港」か――。
投票率は過去最高を記録し、結果、**「うどん空港」**がわずか0.3ポイント差で勝利した。
開港の日。各国の記者が詰めかける中、滑走路には巨大な丼型オブジェが建てられた。到着ゲートでは“うどん出汁の香り”がミストとして噴霧され、手荷物受取所では、回転式ベルトに湯気を模した演出が加わった。
アメリカ人観光客が降り立ち、笑ってこう言った。
“This is the weirdest airport I’ve ever seen. I love it.”
しかし、その半年後――。海外旅行誌が“世界の変な空港ランキング”を発表。香川県の「うどん空港」が堂々の第1位を獲得。
すると、県庁には大量の苦情が届いた。
「帰国した娘が、職場でうどんジョークばかり言われて泣いています」
「国際会議の出席表に“うどん空港発”と書かれ、他国の議員に笑われた」
「株主に空港名を説明したら、ミーティングがうどん談義で終わりました」
そして翌年、再び審議委員会が開かれた。最年長の委員が、静かにこうつぶやいた。
「…そろそろ、“うどん”という言葉から、香川を解放してもいい頃かもしれませんな」
その後、空港名は**「高松うどん国際空港」**となり、両陣営は黙った。そして現在、その空港の名前はAIでも正確に発音できない。
(了)
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