第14話 薄明市(はくめいし) =新潟県=
その町は、かつて「新潟市」と呼ばれていた。海に面し、米と酒に恵まれ、政令指定都市として整備されたはずの町。だが、いつしか人々はこう呼びはじめた。
「あそこ、影うす市だっけ? ああ、薄明市(はくめいし)ね」
最初は冗談だった。だが、本当にその名が市役所の看板に掲げられたとき、住民たちは妙に納得したようにうなずいた。
「うん……それでいい気がする」
***
薄明市では、他の町と違う法が施行されていた。
・「目立つ服装の禁止」
・「SNSでの市名発信は控えること」
・「市外の人に、自己紹介は“新潟のどこかです”までに留める」
・「観光地を自分から推さない」
それでも暮らしは平和だった。むしろ、平穏そのものだった。他所ではイベント渋滞やPR合戦が起きているのに、薄明市では、誰も急がず、誰も争わず、天気の話が三日続くこともあった。
***
ある日、AIメディアがこの町に興味を持った。
「データにあるはずなのに、存在感がない。これは貴重な都市です」
「“人類初の非顕在都市”として記録されるべきです」
AIは市にインタビューを申し込んだ。が、市から返ってきたのは一文だけ。
「ごめんなさい、うちは“目立ちたくない”ので……」
そのときAIは、初めて“デジタルの沈黙”というものに直面した。
***
今、薄明市では新しい条例が出ている。
「あまり平和がニュースになると、かえって注目を浴びるので注意しましょう」
「何もしないことは、実はすごく尊いのです」
子どもたちは、未来の夢をこう書いた。
「東京に行って、早く薄明市に帰ってきたいです」
***
今日も、何もない。それが、この町にとっての誇りだった。
(了)
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