第5話「少しの旅路」

 準備を整えた後、馬車に乗り込み出発する。


 遠征となれば、持参する荷物も自然と多くなる。

 携帯食料に水、回復薬、野営道具、それからマッピング用の道具や松明など、さまざまだ。


 もちろん、それらはすべて僕が持つことになった。

 もし徒歩で向かっていたら、今頃倒れていたかもしれない。


「アイラ、依頼書の内容見せてくれる?」

「ん? いいよ」


 馬車の中で、今回の依頼について確認しておく。

 アイラは『迷宮探索』と言っていたが、今回の依頼は『先行調査』と言った方が正しいかもしれない。


 過去の探索記録が少なく、モンスターに関する情報もほとんどわかっていない。

 だからまずは、少人数の冒険者が中に入り、内情を記録してくる——そんな依頼だ。

 記録が少ないということは、当然モンスターや罠への対策も立てにくい。

 危険が伴うのは間違いない。


 けれど、今回はあくまで先行調査だ。本格的な探索というわけではない。

 危険が迫れば逃げる。

 それくらいの心構えで臨まなければ、命がいくらあっても足りないだろう。


「何か掘り出し物があればいいな……」

「ほしいものでもあるの?」

「うーん、ほしいものかぁ…… 」


 迷宮の中には、かつての冒険者が残した魔道具などが眠っていることがある。

 その効果もさまざまで、魔法の威力を高めるものや、持つだけで身体が軽くなるものなど、種類は豊富だ。

 特にほしいものがあるというより、売却用にアクセサリーなどがあればいいな、という程度だ。


「炎の剣とかないかな」

「炎の剣は聞いたことないけど、持つと光る剣とかは見たことあるよ」

「何それ。光源に使えそうだね」


 絶対子供は喜ぶタイプの武器だ。


「魔道具なら街の市場にも売ってるし、今度見に行ったら?」


 ルインズ街の商業エリアに行けば、普通に魔道具が売られていたりする。

 でも——高いのだ。

 信頼できる店で買おうとすれば、それだけ値段も跳ね上がる。 かといって市場で見かける異様に安い魔道具は……絶対に怪しい。

 詐欺に違いない。

 僕は騙されないぞ。



 

 そんなことを考えているうちに、いつの間にか目的地近くの森へとたどり着いていた。

 ここから先は馬車では進めないらしい。


「ここから……これ担いで徒歩ですか…… 」


 自分の二倍はありそうなバックパックを見つめて、小さくつぶやく。


「まあ、最悪の場合は私が守ってあげるからさ、頑張って」

「アイラさんが半分持つってのは?」

「わ、私はソウヤくんを守るのに忙しいので!!」


 あ、逃げた。

 まあ修行だと割り切っていくしかない。


 それから森の中を数時間歩き、ようやく野営を行った。

 迷宮までの道のりは思いのほか時間がかかり、あまり探索されていない理由にも納得がいく。


「じゃ、私は先に寝るね。見張りよろしく~」


 野営中は交代で見張りを立てつつ、順番に睡眠をとる。

 まずはアイラが寝て、僕が見張りを担当する番だ。


 ただ、ぼーっとしているのは性に合わない。

 考え事をしながら、周囲に目を配る。


 ギルドが迷宮探索の依頼を出すには理由がある。

 冒険者にとっては財宝探しや周辺の治安維持が主な目的だが、ギルド側には別の思惑もあるらしい。

 それは——軍事拠点化の検討。

 迷宮は元が要塞だった場所も多く、立地によっては重要な戦略拠点になる。

 対魔族戦に備えて、そうした場所を確保しておこうという意図があるそうだ。


 ……そもそも、なぜわざわざ軍事拠点なんて作るのか?

 理由はやはり、魔族への備えだ。


 以前はモンスターと魔族の違いがよく分からなかった。

 どちらも人間に害を及ぼす存在、という程度の認識だった。


 だが、最近になってその違いが明確に分かった。

 それは言語を話すかどうかだ。

 モンスターは言葉を話さない生物。

 対して魔族は言葉を操り、群れをなし、組織化し、時には軍として人間を襲うという。


 もっとも、僕はまだ魔族に遭遇したことはない。

 魔王という存在がいて、人間と敵対していることは知っているが、

 一介の冒険者が魔族に遭う機会はそうそうない。

 もし魔族と戦うことになれば、それは正規軍や腕利きの上級冒険者の役目だろう。


 ギルドが緊急招集をかけることもあるらしいが、僕はまだそんな経験はない。 きっと魔族側も、まだ力を蓄えている段階なのだろう。


 ……できることなら、生きているうちに戦争なんて起きてほしくないものだ。


 そんなことを考えているうちに、交代の時間になった。


「ほら、アイラ。交代の時間だよ」

「……あと2分だけ~」

「起きて、柄で突くよ?」

「わ、。起きるよ!」


 昨日のお返しはできなかった。

 幸いなことに、その夜は一度も戦闘は起きなかった。

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