第3話「ハルバード」

 斧嘴鳥ハルバードの推奨等級は、A級。

 A級は、そのモンスター単体で町の機能停止、または消滅の可能性が出るほどの強さである。

 それが今——目の前にいる。


「キエエエエエエエェェェ!!!!!」


 噂は本当だった。

 アイラさん、そんな噂があるならもっと早く言ってください。


「うわあああ!!」

「ソウヤくん! 全力で逃げて!!」


 斧嘴鳥ハルバードが僕めがけて襲いかかる。

 僕は叫びながら全力で駆けた。

 卵を奪われたせいか、斧嘴鳥ハルバードはかなり興奮している。


「ソウヤくん! 卵落としちゃダメだよ!」

「まだ持って帰る気ですか!? 諦めなきゃ死にますよ!?」

「死んでもオムレツは譲れない!」

「僕の命とオムレツどっちが大事なんですか!?」


 ふとアイラを見ると、彼女は剣の鞘に手を添えていた。


「……ふぅ」


 呼吸を整え、彼女は斧嘴鳥ハルバードの方へと体の向きを変えた。

 斧嘴鳥ハルバードが空中から着地する、その瞬間に狙いを定める。


「——居合抜刀!」


 凄まじい速度の抜刀が、斧嘴鳥ハルバードの片足に深い傷を刻んだ。

 居合抜刀。

 敵の一瞬の隙を突く先制技。


「キ、キエエエェ!!!」


 さすがはA級冒険者。

 斧嘴鳥ハルバードに怯むことなく、対応している。


「ありゃ、切断まではいかないか。やっぱ当てにくいね」


 斧嘴鳥ハルバードは再び羽ばたき、空中から僕を追い始めた 。


「ソウヤくん、そっちに向かってるよ!」

「と、言われても……」


 二十センチもある卵を抱えたまま、どうやって逃げろと?

 そう思いながら、僕の目の前に先ほど入った森が見えてきた。


「あそこまで行けたら何とか——」


 だが、斧嘴鳥ハルバードはそんな余裕を与えてくれない。


「キエエェ!!」

「——っ!」


 背中を斧嘴鳥ハルバードの爪が掠めた。

 僕の額に、冷たい汗が滲む。


 また次の攻撃が来る。

 そう思った時——


「飛空剣!!」


 後ろから斬撃が飛んできた。

 少し髪が掠めたような気がする。


「これも当たんないか……」


 これもアイラさんの攻撃。

 飛空剣。

 空を斬ることで大気の刃を放つ技。

 僕の髪先を掠めたそれは、惜しくも斧嘴鳥ハルバードには届かなかった。

 だが、その一撃が森へ逃げ込む隙を作ってくれた。


 森は木々に囲まれ、身を隠すには最適の場所だ。

 走りながら、そう考える。

 だが、斧嘴鳥ハルバードは卵の匂いを覚えている。

 まだ追撃が来る——


「……ん? 襲ってこない?」


 ところが、森に入った途端、攻撃が止んだ。

 諦めたのだろうか?


「ソウヤくん! 来るよ!!」


 アイラの叫びが響いた。

 上空から、大雨のように羽が降り注ぐ——

 見た目はただの羽だが、その一枚一枚が鋼のナイフだった。

 

「うおぉ!! 」


 やばい。

 身を隠すのに最適。

 それは正しかったが、今度はこちらも相手の位置を把握できない。

 降りそそぐ羽の雨を、山勘で避けるしかない。


 しばらくすると、その雨は止んだ。


「大丈夫だった、ソウヤくん?」


 アイラが僕の様子を見に来た。

 木の根元に身を隠して耐え凌いだ僕の体には、いくつかの切り傷ができていた。


斧嘴鳥ハルバードは?」

「諦めて帰ったみたい」


 良かった。

 アイラがいたからか、これ以上追跡することはなさそうだ。


「お、卵も無事じゃん! さすが!」

「次はなしでお願いしますよ……」

「大丈夫だよ~これで斧嘴鳥ハルバードのオムレツが食べられるんだから——」


 その時。

 最後の一発であろう斧嘴鳥ハルバードの羽が、卵に命中した。

 卵は、粉々に割れた。


「ああああああああぁ!!!!」

「オムレツがああああ!!!」


 これまでの苦労が……。

 こうして、弱いうちは二度とあの山に近づくまいと心に誓った。


 ちなみに、割れた卵の黄身が手についたので、少し舐めてみた。

 ——ちょっと、甘かった。

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