ミレニアム・オーバースリープ

城井映

第一章 1 リズカード・オーウェン

 その日、目を覚ました瞬間、リズカード・オーウェンは直感的に悟った。

 寝過ごした。

 何か、はっきりそうとわかるものを目にしたわけではないが、こういうものはだいたい本能でわかる。リズカードは自分の顔からみるみる血の気が引いていくのがわかった。


「くそ、彼女との約束が……ぐっ!」


 慌てて身を起こそうとしたら頭を天井に強くぶつけた。目の眩むような激痛に顔をしかめつつ、リズカードは落ち着いて状況を確かめる。


「ど、どこだ、ここは……」


 あたりは真っ暗だった。腕や足を動かしても、すぐ何かにぶつかり身動きも取れない。天井も起きることを想定されていないくらい低く、仰向けでも手が届くくらいだった。


「……棺にでも入れられたか」


 ありえない話でもない──リズカードは、それくらい長く眠っていたのだから。

 天井だか棺のフタだかは、いくら力を込めても動く気配がなかった。ずいぶんとご丁寧に埋葬している。復活の日が来たらどうするつもりなんだ。

 まあ、あちらから出すつもりがないなら、こちらから破壊するまでだ。

 リズカードは寝そべったまま、右手の指二本で空をつまんだ。空風波ヴェントスの構え──高出力の空気の砲弾を飛ばす、寝起き三秒でも打てる簡単な魔法だ。


「ふんっ──」


 リズカードは腕を振るう。指の隙間から放たれた高密度の空気は、空気中に漂う魔法子〈ヴィス〉を巻き込みながら威力を高めていき、やがて、轟音を立てながら天井を綺麗に吹き飛ばす──ことはなかった。

 何も起こらなかった。


「なんだと……?」


 その後、リズカードは何度も空風波を放とうと試みたが、空を切る音が虚しく響くだけ。

 何故だ? 自分は魔法には精通しているつもりで、街の人間たちからは賢迅けんじんと賞賛されるほどのものだった。眠っているうちになまったか。

 一瞬だけ狼狽したものの、リズカードはすぐに心当たりを思いついて、身にまとっていた衣服をまくりあげる。リズカードの腹部には、仄かに光を放つ魔法子ヴィスの結晶塊が埋め込まれていた。


「……ずいぶん小さくなったな」


 このヴィス結晶はいわばリズカードの生命維持装置だった。この結晶を魔法源に自身の肉体に療養魔法をかけ続けることで、彼は飢えることも衰えることもなく、こうして長い眠りから無事に目覚めることができている。

 長い眠りといっても、何時間、何日という長さではない。

 千年の眠りだった。


「いや、千年どころではない、相当の年数を寝過ごしている……ざっと二百年ほど、か……」


 リズカードは歯を噛み締める。まさか、これほどの誤差が出るとは思わなかった。

 ──千年後、目覚めたら……この場所でまた会おう。

 かつて、彼女と交わした約束の言葉がリフレインする。その千年からもう、二百年経過しているとなれば、彼女は……いや、考えても仕方がない。何百年遅刻しているとしても、自分から言い出した約束を反故にするわけにもいかない。

 早くあの場所へ──ルイモンド島へ向かわなければ。

 とにもかくにも、この棺から出る必要がある。

 魔法が使えない理由は見当がついた。魔法の発現には空気中に漂うヴィスを消費する。恐らく、リズカードの肉体が継続的に発動する療養魔法は腹部のヴィス結晶からだけでなく、その大気中のヴィスも取り込んで発動していたために、千年の間で尽きてしまったのだろう。

 そうとわかれば、万が一のために用意しておいた新鮮なヴィスを使うだけだ。

 リズカードは身をよじって辺りを探り、みぞおちあたりに落ちていた麻袋をなんとか取り上げた。中には金属製の円筒──ヴィス・スティックが四本入っている。

 そのうちの一本を出して先端についた栓を抜くと、キュッと音が鳴るや金属部分が急速に錆びてほろほろと崩れ去った。中からは新鮮な輝きを帯びた数個の小さなヴィス結晶が現れる。

 リズカードはそれを握り込むと、先と同じように指二本を振りかざした。


空風波ヴェントス


 瞬間、今度こそ高出力の空気の波が指先から発された。壁に穴が穿たれ、ものすごい勢いで土埃が舞い、空間が開かれていく。やがて彼方から一筋の風が吹き込み、リズカードの頬を撫でるのを感じた。どこかに通じたらしい。

 衝撃が止んでから、リズカードは余ったヴィス結晶を使って指先に魔法の火を灯した。その小ぶりな灯りは、今までリズカードの眠っていた空間を照らし出す。そこは棺でもなんでもない、岩肌に囲まれた小さな小さな空間だった。


「……本当にどこだ、ここは」


 入眠前の記憶を辿ってみても、寝場所がここまで窮屈だった覚えはない。悪意ある何者かに、移動させられたのか。しかし、害するのが目的ならこんな回りくどいことをせず、腹部に埋まったヴィス結晶を引き抜けばいいだけだ──。

 疑問に思いつつリズカードは麻袋を咥えると、土や砂礫を魔法で取り除きながら、その横穴を這っていく。横穴を抜けると洞窟のような道へ出た。金属製の枠で補強され、一定距離ごとに謎の器具がぶらさがっている。どうも人工的に掘られた坑道のようだ。

 リズカードが眠っていたのは街の外れの山中だった。この坑道開発の影響で地形が変わり、あんな地中に生き埋めになってしまったのだろうか。或いは千年という時間に風化して、眠っていた部屋が朽ち落ちただけか。


「千年、か……」


 どちらにせよ、リズカードは自分が眠っていた年月の長さを思う。眠りに就いた千年前の時点でも、その千年前といえば森だらけの未開の時代だったらしい。それが千年の間に大きく切り開かれて発展し、数千人が住まうような都市国家があちこちに出来て、生活の質も見違えるほどに良くなったのだ。

 それから更に千年も経ったとなれば、世界がどう変わっているのか想像もつかない。

 緊張と不安、それから大きな期待。

 リズカードは高鳴る鼓動を感じながら、一心に空気の流れてくる先、地上を目指して進む。

 やがて、明かりが見えた。千年前から変わらない太陽のまばゆい光が目を焼く。感動のためか、久々の日光に目が驚いたためか、みるみる涙が溢れてくる。

 リズカードは立ち止まり、目を強く瞑って涙を止めてから再び歩き出した。

 そしてついに、坑道の出口に辿り着く。標高が高い場所なので視界が一気に開ける。

 千年ぶりに目にする世界。

 その光景にリズカードは完全に言葉を失った。


「……は?」


 そこに広がっていたのは、全く知らない世界だった。

 記憶にある広大な平原は完璧に消え去っていて、そこには一面、地面から生えてきたかのように建物が建ち並び、その隙間を縫うように敷かれた灰色の道を、無数の箱が走り回っていた。空には鳥のような黒い影が大量に浮遊し、その細々としたシルエットの向こう側には、雲にも届きそうなほど高く巨大な建築物がいくつも連なって建っているのが見えた。


「いくら千年とはいえ……やり過ぎだ」


 その圧倒的な情報量に、リズカードは千年という年月の長さを体感した。本当にここは彼が生まれ、守り、生きた土地〈クインティト〉なのか?

 とにかく下山しなければ。リズカードは驚きを振り払って、足を進めた。

 トンネルから出た先は、あまり生気のない林に挟まれた灰色の道が続いていた。踏んだ感触は石のようだが切れ目が全くない。まるで、巨人がこの道の形のまま石を切り出して運び、どすんと置いたように見える。どうやって施工したのか全く見当もつかなかった。

 しばらく道を下っていくと、囲いが見えてきた。リズカードの背丈の三倍もあろうかというその柵は、細長く加工した金属を編み合わせて出来ていた。向こう側が丸見えで頼りない見た目なのに、その構造のおかげか、押しても引いても全く破れる感じがしない。計算と技術力が惜しげもなく詰め込まれた逸品が、左右に見渡す限り、延々と続いているのだから呆れる。


「千年前なら、この囲いを作るだけで数年はかかる……」


 さっき見えた街並みだっておかしい。当時、街で一番の集会所を建てるのに数年は掛かったと聞くのに、現在の街並みにはそのくらいの建物がぎっしりと詰まっている。更に、奥の方に見えた巨大な建造物に至っては、千年かかってもできやしない気がするのに、ぱっと数えられないくらい建っているのだから、自分がどれだけ寝過ごしたものか恐ろしくなる。


「……想像以上だな、未来」


 幸い、金属製の柵はトンネル内で灯りにしていた炎を吹き付けたら、穴を空けることができた。それで今回の分のヴィス結晶は使い果たしてしまったが、やむをえまい。

 穴を潜り抜けたリズカードは、街に続く街の前に立って一息吐く。

 まずはルイモンド島へ行き──かつての相棒、ネナ・ルコンとの約束を果たさなければ。

 リズカードは灰色の道を駆けた。

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