第15話 対決前夜
麒一の住む山小屋には、続々と仲間たちが集結していた。雷獣達と柳が到着したときにはすでに小屋からあふれ出た人々や、人間に好意的な妖怪達が山中に溢れかえっていた。
「師匠、遅くなりました」
「おぉ、柳、無事だったか。よくやった。よし、皆そろったな」
麒一は夕食後主要な人物を屋外の焚き火の周りへ集めた。柳と雷獣もその輪に加わった。柳は麒一の右隣に腰を下ろし、その脇に雷獣が座った。その他退治屋や祈祷師、占い師など、二十人あまりで焚き火を囲んだ。今夜は月の無い晴天。星々がささやくように瞬いている。
「皆良く集まってくれた……いまこの山には千人近くの者が集まってくれておる……ここに居るものはそれらをまとめ、指揮してほしい。承知だと思うが、神羅は常葉の体を自在に操り、保見と共に暴れまわるつもりだ……わしには見える……恐ろしい未来が。ここで食い止めねば人間は全て神羅に滅ぼされるであろう……。何か……策があるものはおるか?」
重い沈黙が流れた。
「はっ」
と呆れたように息を吐き出すと雷獣が口を開いた。
「貴様、千里眼の麒一だろ? 未来が見えるということは、それこそが未来だということだろう。人間が全て神羅に滅ぼされるというのなら、そうなるのだろうが」
雷獣の暴言に腰を上げようとするものが数人体を揺らしたが麒一は静かに右手を上げて場を静めた。
「わしの見る未来は確かなものじゃあない。そう、占いと同じようなものと考えれば良い。外れることもある。今回はぜひそうであってほしい訳じゃが……」
麒一のその言葉に鼻で笑うと雷獣は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに地面に寝そべってそっぽを向いた。
「師匠」
声を上げたのは柳である。
「常葉は……常葉は本当に……その……完全に……神羅に操られてしまっているのでしょうか? 意識はまだ神羅の中に残っているとおっしゃいましたが、常葉の体が常葉の意思に従う可能性はもう無いのでしょうか」
「ふむ」
麒一は長く白い顎鬚を撫でおろしながら柳を真っ直ぐ見つめた。
「あれをやろうと言うのか……。そうだな。賭けてみる価値はある」
柳と麒一以外はなんのことか分からずに、柳と麒一の顔を交互に窺った。それを見て柳は、
「縛術の十段」
と呟いた。途端に一同がざわついた。
「しかし……封じの術を習得している柳殿であれば、その体内に神羅を封じることが一番では……?」
白い鉢巻を頭に巻き付け武装した退治屋がそう言った。
「僕が知っているのは神羅を先代から引き継ぐ際の術だ。それには先代の協力がなければならない……。体を乗っ取られてしまった今の常葉では無理だ」
「常葉殿の縛術は可能なのでしょうか?」
首から数珠をかけた女が心配そうに尋ねた。麒一は静かに人指し指を立てて顔の前に掲げながら、
「一度きり。それを逃せば次は無い。常葉もそれで最後の霊力を使い果たすだろう……」
重々しく言った。
「保見は……どうするおつもりですか?」
体中に宝石を纏った占い師の女の言葉に、一同はうなだれて首を横に振った。
「そう……保見ちゃんだがのぅ……」
「僕が保見をどうにかすると……言いたいところですが、僕は常葉諸共神羅を滅ぼさねばならない……。やはり……」
柳は辛そうに歯を食いしばった。一同が言葉も無くうなだれていると、
「わしがどうにかしよう」
麒一が朗らかに言った。
「なぁに、心配いらんよ。保見ちゃんを死なせやせん。柳。お前はなにも心配しないで、神羅に集中するのじゃ」
「しかし! どうやって? 保見の力は私たちの誰よりも……」
「分かっておる。力じゃ叶わぬなら、話してみるしかあるまい。そういう知恵はここにいる誰よりもわしが持ち合わせておる……歳の分だけな」
「一人では危険です!」
「いや。一人が望ましい。大勢でかかればそれこそ警戒され話合いどころでは無くなる。一瞬で殺されて終わりやもしれん」
「しかし……」
「師が信じられんとな? この老いぼれは信用ならんか? 柳」
いえっ、と慌てふためく柳に優しい眼差しを投げかけながら、麒一はぽんっと柳の頭に手を置いて、
「大丈夫だ」
と言った。柳は、
「……はい。保見を、頼みます。師匠、ありがとうございます」
と発すると黙った。
「さて、そうと決まれば、細かい作戦を立てよう。ここに何人いる?」
「二十四人おります」
「ふむ。ではわしと柳を抜いた二十二人は班を仕切ってもらう。まず一班だが……」
作成会議は明け方まで続いた。
「結局一睡も無しか。このまま戦うつもりか?」
会議が終わり解散になると、それまで背を向けて寝ころんでいた雷獣があくびをしながら柳に話しかけた。
「明日の夜明けと共に作成開始だ。それまでは休むことにしよう」
疲れた表情の柳を見て、ふんっと鼻を鳴らす。歩く柳の後に従いながら雷獣は言った。
「
「あぁ」
「常葉とかいう野郎も一緒にか?」
「そうだ」
「縛術の十段とは何だ?」
はっとして柳は雷獣を見やると、
「そうか、説明をしていなかったね。君にも手伝ってもらわないと……休むのはそのあとだな」
悲しそうに笑顔を作ると、柳は雷獣の頭を撫でた。長い燃えるような橙色の毛が手に触れる。それは温かく、心地よかった。
「危なくなったら逃げてくれて構わない」
「当然だ」
「常葉というのは、僕の弟弟子でね……友達なんだ」
「らしいな」
「神羅を体内に封じていたが、今は神羅に体を乗っ取られている……だから、常葉はもう死んだようなものなんだよ」
「ふんっ。役立たずだな」
「そう言うなよ。あいつも必死に稽古したんだ。僕は知ってるよ。常葉は僕よりもずっと良い奴なんだ……」
「そいつを殺すのだろう?」
「そうだよ。縛術の十段というのは、縛術の最高方式のこと。縛術は、対象を何かに縛り付けて行動を抑制する術だ。飛ぶ力を封じたり、術の及ぶ範囲を限定したり、君の雷にも使っただろう? あれも一種の縛術だ。その最高方式は、対象の全てを自身に完全に縛り付け、一体化する術なんだ。人は妖怪に、妖怪は人に、それは全てが一体となる。その状態で刃を突き立てられれば、不死身の妖怪も死ぬ。この術の多くは、到底敵わないであろう妖怪を相討ちにして滅ぼす自害術として使われてきた。それをやろうとしている」
「貴様は刃を突き立てる役ということか?」
「そう。常葉は最後の霊力を振り絞って神羅をその体に縛り付ける。それだけで精一杯だろうから、僕が常葉の体を滅ぼしてやる。そうすれば神羅はこの世からいなくなる」
「貴様のともだちもな」
「あぁ……。そうだ」
柳はそう言い終わると雷獣の方を振り返って言った。
「力を貸してくれるかい?」
やれやれといった様子で雷獣は大きく溜息をつくと、
「そうだな……まぁ、いいだろう」
と言った。
柳は雷獣にすがりついて、その体毛に顔を埋め「ありがとう」と呟くと、しばらくそのまま黙り込んだ。
「人間ってのは本当に面倒だな」
雷獣はどこか優しくそう吐き捨てた。
「ここがオレ達の城だ」
抱えた保見を慈しむようにそっと下ろすと、常葉の姿をした神羅は御殿を見上げてそう言った。それはかつて保見が訪れたことのある場所、黒葺山の遊里だった。
「ここは……前に来たことが……」
保見はどことなく懐かしい感じがした。しかしはっきりと思い出せない。なぜかぼんやりとした記憶しか無かった。
「そう! 箕狐ちゃん! 箕狐ちゃんだ!」
保見はやっとのことで思い出した。始めての友達ができた場所。また箕狐ちゃんに会える。保見は常葉を残して駆けだした。
「箕狐ちゃん!」
赤い
「保見。待つんだ。勝手に行くな」
保見の後から暖簾をくぐり、常葉が入ってきた。
「せんせい……なんか変だよ? 前と違う……箕狐ちゃんはどこ?」
保見は不安そうに常葉に尋ねた。
「箕狐は忙しくてな。今は会えない」
「そんな……」
「そのうち会わせてやる。保見、いくぞ。オレ達の部屋は奥だ」
保見と常葉は黒葺山の御殿で共に暮らし始めた。常葉は保見を御殿に残し一人でどこかへ出掛けたかと思うと、保見に手土産を持ちかえってきた。豪華な着物や宝石、珍しい食べ物などをたびたび保見に与えた。
「すごく綺麗な着物……せんせい……これ、どうしたの?」
「うん?」
常葉は少し慌てたようなそぶりをして、
「あぁ、保見に似合うだろうと思ってね……」
それだけ言うとすぐに保見の前からいなくなってしまった。
保見の部屋はこれ以上に無い程広かったが、常葉が毎回与えてくれる品々ですぐにいっぱいになってしまった。とても一人では着尽くせない量の着物と有り余る宝石に囲まれて、保見はどこか虚しく感じながら首から下げたとんぼ玉を握りしめて毎晩を過ごした。
保見が退屈そうにしているのを見ると、常葉は保見を外へ連れ出すようになった。最初はただ景色を眺めて散歩するだけだったが、この日は別の場所に保見を連れ出した。
「見ろ、保見。あそこに村がある。家の数は四十くらいか? 人間は百人以上いるだろう……」
常葉は高くそびえる崖から村を見降ろしながら、脇にいる保見に語った。
「まずは手本をみせよう……最初は家を壊すんだ」
常葉は村の方角へ右手の掌をかざした。「はっ」という掛け声とともに、巨大な火の玉が掌から湧き上がり、発射された。村の中心部の民家の屋根へそれは直撃し、途端に火が付いた。村の家は隣と寄り添うように建っていた。火は次から次へと燃え広がり、一瞬のうちに村の半分が赤い炎に包まれてしまった。
「さて、おいで、保見」
常葉はそう言うと保見を抱え、村へ目がけて滑空して行った。
村の上空で二人は停止して、宙に浮いたまま下を見下ろした。泣き叫びながら人々が火から逃げている。燃える家から必死に何か持ち出そうとしている者、崩れた家屋の下敷きになった家族を助けようと足掻く者、逃げて行く人々に逆走して子供の名前を叫ぶ母親、どこからか聞こえる「助けて」という叫び声。
「どうだ? 保見。この光景はお前にはどう映る?」
常葉は保見の顔を覗き込んで尋ねた。
「そんなに子供が大切なの? あの女の人。私なんて、お母さんには化け物扱いされてたから、きっと私が火事でいなくなったって、お母さんはあんなに心配なんてしない……。私が瓦礫の下敷きになったって、父親は心配してくれない……きっとそのまま死んだ方がいいって思って置き去りにする……。今逃げてる人たちだってそう……私をきっと見捨てて逃げるわ……。私は人と違うから……」
常葉は無言で笑みを浮かべながら、
「そう。保見は人と違う。人間を超越した存在なんだよ。保見を蔑んだ憎らしい人間達には罰が必要だろう? 分からせてやるんだ。保見がどれだけすごい力をもっているかを。そして支配するんだ。この世の人間達を」
常葉はさっと地面に降り立つと、逃げ惑う人間を一人一人狙い撃ちにしていった。丸太に火をつけるかのように火柱があがり、苦しみの声を上げしばらくのた打ち回ると、真っ黒になって地面に倒れて行く。常葉は村の外へ逃げて行った人間も追いかけて一人一人炭にして回った。
「あと八人……あと七人……。これで六人……」
常葉はこの世のものとは思えないほどの速さで逃げ惑う人々の行く手に先回りして立ちはだかり、火の玉を放って行った。
「た……助けて……ください……どうか助けてっ……」
命乞いする中年の男に、常葉はゆっくりと近づいていく。中年の男は「ひいっ」と悲鳴を上げるとへたりこんだ。
「そんなに死にたくないの? そんなに怖い? 大丈夫だよ、みんな死んじゃってるからさ。保見、見てごらん。どうだい? 醜いだろ? これが死を目の前にした人間の姿だ。これほど醜くて胸糞悪いものは無いね。お前が最後の一人だよ……」
常葉が火を放った。一瞬で火達磨になった男はもがきながら地を這って常葉から離れようとした。「たすけて」と何度か喘ぎながら繰り返したが、そのうち火に飲まれ、最後には骨すら残らず灰になって跡形も無くなってしまった。
「さて……どうだった? 保見」
「どうだったって? 何が?」
「人間を掃除するのが面白そうだと思わなかったか?」
「……うん。あんまり」
「今回ははずれだったけど……たまに面白い奴がいるんだ。他の人間を守るために自分が犠牲になろうとしたり、死を受け入れて無抵抗になったり、自分が助かりたいが為に他の人間を陥れようとしたり……そんな人間が混ざっていると良い暇つぶしになるんだがねぇ……今回はいなかった。退屈だったね」
常葉は保見の頭にぽんと手を置いて言った。
「人間が憎いだろ? 保見をみじめにさせた人間が」
「……うん。私は他の人とは違うから……」
「恨んでるだろ? 幸せそうにしてる人間達が憎たらしいだろ」
「……うん」
「幸せそうな奴らが不幸になれば、気が晴れるだろう」
「そうかな……分からないよ、せんせい」
常葉は保見の手を取って、地面を強く蹴った。保見は常葉に引っ張られる形で宙へ引き上げられる。二人はそのまま空を行った。
「やってみたらいい。あの町にしよう」
しばらく飛んで、常葉と保見は大きな町の上空で止まった。町では市場が開かれており、野菜や陶器、着物など様々なものが通りにならび、それらを売る者買う者の声で賑やかだった。楽しそうに会話する者、泣きわめく子供、物売りの声、通りは活気に溢れていた。保見にはそれが眩しかった。
「どうして私はああじゃないんだろう? どうして私だけ? いつも私だけ……」
「さあ、保見。お前は特別なんだ。あいつらとは違う……超越した存在なんだ。見せてやれ。お前の力を。そうすればやつらは態度を変える。お前を崇め、尊ぶだろう……」
「私は……私……どうしてかな……どうして……」
次の瞬間、一瞬町が眩い光に包まれたかと思うと、人も建物も何もかもがまるで蒸発するかのようにじゅわっと溶けて霧散してしまった。音も無くそれは起こった。まるで最初からこの地は荒野であったかのように、平らな地面が一面に広がっていた。
「そうだ。そうだよ。こんな風にみんな無くなってしまえばいいんだ。何も無い状態にしてしまえばいいんだ。そうしたらこんなどうしようもない感情なんてものもきっと無くなる。みんなが私と違うなら、みんなが消えれば良いんだ。私はおかしくなんかない。みんなが間違ってる……だから私は……人間を……無くしちゃおう……ねぇ? せんせい。どう?」
「すばらしい……保見。さあ、次の町へ行こう」
「うん!」
保見は無邪気に笑いながら常葉の後に続いた。
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