フラれたヒロインが脇役とくっつくのが許せないって話

樋本和己

第1話 出会い

 映画、ドラマ、小説、漫画、アニメ、ゲーム。

 僕はフィクションで描かれる恋愛ものが好きだ。

 物語の中に登場するヒロインたちの恋はどれも美しくて、見ているだけで切なくなり、胸が締め付けられ、時には涙させられる。好きな人に想いを伝えるため苦悩し、ひたむきに頑張る姿はキラキラと輝いていて、恋愛は素晴らしいものなのだと、そう思わせる力がある。

 古典と呼ばれる少女漫画から果ては最新のテレビドラマまで選り好みせず、何でも美味しく消費する僕だが、どうしても一つだけ許せない展開がある。

 それは、


『フラれたヒロインが脇役とくっつく』だ。


 しかもそれがぽっと出のキャラと結ばれようものなら憤死するレベル。主人公をずっと想っていてほしい、とまでは言わないが切り替え早すぎない? そんなにすぐ割り切れるなら所詮その程度の気持ちだったってことだよね? と冷めてしまう。

 僕がなぜこんなことを考えているのかというと……。


「……春木はるき、あたしと付き合って」


 今まさに、ぽっと出の脇役である僕に、ヒロインが告白してきたからだ。


 ……一体どうしてこんなことになってしまったんだろう。幼馴染の彼に恋する君は、思わず目を奪われてしまうぐらい眩しくて、とても魅力的だったのに。

 だから僕は創作フィクションが好きなんだ。見たくないものを、見なくても許されるから。自分の見たいものだけを見ていられるから。

 こうなった切っ掛けはなんだったっけ……あぁ、そうだ、半年前。高校に入学して一ヶ月ぐらい経った頃、丁度この教室で――。




 ――授業中、足元に何かが転がってきた。

 軽く屈み込んで拾い上げてみると、それは一見何の変哲もないただの消しゴムだった。カバーが外されており、真っ白なボディに黒の油性ペンで、クラスメイトの名前が書かれていること以外には。

 カツカツと黒板に書き込まれていく白い文字と、カチカチとシャーペンの芯を出すノック音だけが響く静かな教室で、女の子が、


「うわちょっ!」


 と、カンフーの使い手のような声を上げながら、ガタッ! と勢いよく椅子を引いて立ち上がったものだから、なんだなんだと皆から一斉に注目を浴びる。

 慌てふためいている彼女の名前は確か……。


「すみません……ちょっと寝ぼけちゃって……あはっ、あははは……」

「正直なのはいいが……居眠りは感心せんなぁ有沢ありさわ


 そう、そんな名前だった。有沢だ。有沢莉奈ありさわりな。ナイス先生。

 陰キャどころか無キャの僕ですら知っている有名人。……うろ覚えだったけど。

 類まれなルックスと底抜けに明るい性格で、スクールカースト最上位に君臨する人物。

 性格を表しているかのように明るく染められた茶色の髪は、陽の光に当たると金色に見えることがあるほどに色素が抜かれている。それが背中の中程まで真っ直ぐに伸びていて、いかにもなギャル……からは少し外れてはいるが(僕の中でギャルはやたらとウェーブを掛けていて爪が凄い人のイメージ)ギャルであることに変わりはないだろう。いっつも声大きいし。

 

「す、すみません……」


 謝りながら大人しく椅子に座り直した彼女は、横目で何度もチラチラと僕のほうを見てきた。どうやらこの消しゴムは彼女の持ち物のようだ。早めに返してあげないと可哀想だなと思い、書かれた名前を他人から見られないように握って席を立つ。


「これ、落としたよ」

「あ、ありがと……」


 念の為名前が書いてある面を下にして、机の上にポンと置きそのまま立ち去る。

 ミッションコンプリートだ。周りも特段訝しむ様子はないし、先生もそれならそうといえばいいものを、とばかりに肩をすくめていた。

 誰の記憶にも残らないような、彼女が授業終わりに軽くイジられて終わる程度のそんな他愛のない話。小学生みたいなおまじないを高校生になってもやってるなんて、有沢さんって可愛い人なんだな、とほっこりさせられた。その程度の話。

 その後は何事もなく授業が終わり、トイレを済ませて席に戻って、教科書を取り出そうと机の中に手を突っ込んだ。指先に触れる紙の感触とカサッという音に疑問を持ちつつ、それをつまんで引っ張り出すと、綺麗に折りたたまれたノートの切れ端。

 (なんだろうコレ?)と開いてみると、書道家が書いたかのような、やたらと美しい文字がパッと目に飛び込んできた。


『昼休み 部室棟裏に来てください』


 差出人の名前は見当たらず、用件のみが簡潔に書かれている手紙。

 達筆すぎて敬語じゃなければ果し状かなにかと勘違いしてしまいそうだ。

 僕には呼び出される心当たりが何も無いし、そもそもこの手紙が僕宛なのかどうかすらも定かではない。FromもToも書かれていないのだ。電子メールであれば間違いなく迷惑メールフォルダに直行しているだろう。間違って僕の席に手紙を入れた可能性もあるし……よし、見なかったことにしよう。面倒くさいし。

 そんな僕の下衆い考えを咎めるかのように、視界の右端から強烈な視線を感じた。気の所為だといいなぁと視線を感じる方向へと顔を向けた瞬間、その人物とバチッと目があってしまった。僕が手紙を見たことを彼女は見ていた、というか凝視……いや監視していたのだろう。これで無視するわけにはいかなくなってしまった。差出人はおそらく彼女だ。

 はぁ、と大きくため息をつきながら、役目を終えた手紙をクシャッと丸めてポケットの中に突っ込んで、机の上に突っ伏し、目を閉じた。

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