第九話 情報とカードゲーム(2)

 中間試験が終わって、気が抜けたのか――翌日の一時間目、神学の授業が始まるまでにあくびを五回ぐらいしてしまった。


「ふああ……」


「リャン様、眠れなかったのですか?」


 お嬢が心配そうに問うてくる。


「いや、めちゃくちゃ健やかに眠ったけど……。気が抜けてるんだよ」


「リャン様、がんばりましたものね!」


 お嬢が、きゃっきゃとはしゃぐ。


「おう。……あ、そうだ」


 おれはふと、左隣のベルトランを見やる。

 聞き忘れていたことがあったんだった。


「なあ、ベルトラン」


「……なんだ」


「お前って、オイディプスに詳しいか?」


「オイディプス? ああ……あの……オイディプス・ド・クロワか」


「そうそう。あいつについて聞きたいんだよ」


「なぜ、そんなことを? それは依頼か? クドリエへの」


「へ?」


 間抜けな声を出してしまったが、すぐに思い出す。

 そうだ、おれはクドリエへの依頼権を持っているんだった。


「ちげえよ」


 ここで依頼権を使うのはもったいないし、そもそもあんまりクドリエ女侯爵が信用できないし……。


「お前が、なにか知っていたら聞きたいと思っただけ」


「……よくは知らない。今年、編入してきた。悪いうわさはあるが、賭け事なんて上級生はみんなやってるさ」


「ふむ」


 よくは知らない、ってことはベルトランの情報網にはかかっていないのか。

 あんまり心配しなくていいのか?

 考えつつ、閃いてしまった。

 もしかしたら……オイディプスはなにか知っているんだろうか?

 わざわざ味方だ、と言いに来たぐらいだ。

 ジルは警戒しろと言っていたけれど――。

 とにかく焦っていた。

 だって、リャンが生きているのに、なにもできない。動けない。

 ジルの情報網でもつかめない。クドリエ女侯爵には頼りたくない。

 なら、どんな可能性にでも賭けるべきじゃないか……。




 放課後、おれはベルトランを送り届けたあと、三年生の教室がある階に急いだ。

 既に生徒はまばらになっている。

 おれが急いで廊下を歩くと、見覚えのあるやつが前からやってきた。


「……おや」


「オイディプス……先輩」


 殊勝に付け加えると、やつは笑う。


「珍しいこともあるものだな。ジルを捜しているのか? あいつなら、もう教室を出たぞ。入れ違いだな」


「いや、ジルじゃなくてお前を捜していた」


 はっきり告げると、オイディプスは肩をすくめる。


「なんで俺を?」


「聞きたいことがある」


「タダで?」


「有料なのか? お前はおれの味方だと言っただろ」


「それとこれとは別だ。……ちょうどいい。暇だったんだ」


 オイディプスはおれの腕をつかみ、顔を近づけた。


「ちょっと顔を貸せ」




 そうして誘導されたのは、空き教室だった。


「俺もお前に聞きたいことがある。ここは公平に行こう」


 おれとオイディプスは机を挟んで、向き合って座る。

 オイディプスはトランプカードをポケットから取り出し、繰った。


「お前も俺も情報を賭ける。どうだ?」


 手慣れているから、賭け事をしているのは本当らしい。


「……なんのゲームをするんだ?」


 おれが慎重に尋ねると、オイディプスは


「簡単なゲームさ」と言い切る。


「21というゲームだ。その名のとおり、21に数字が近いほうが勝ち。まず二枚、カードを配る。手札を見て、もう一度引くか、そのままか決める。それを繰り返していくのさ。21を1でも超えるとバーストとなり、負けだ。エースは1または11を示す。どちらでも好きなほうで数えていい」


「ふうん……」


「シンプルで勝負が早くて、いいだろう?」


「まあな」


 なんとか、ルールも理解できた。

 オイディプスが、自分とおれの手元に手札を配る。


「それでは始めよう」


 促されたので、おれはそろりと手札を持ち上げ、自分にだけ見えるようにする。

 ――ぎゃっ。

 なんと、手札が13と10……。早速、負けてしまった……。

 おれの顔でわかったらしい。オイディプスはククッと笑う。


「俺はこのままだ。お前は?」


「……おれも、このまま」


「では、勝負。両方、手札を明かすか」


 オイディプスが、カードを机に置き、表に向ける。

 おれも、同じようにした。

 オイディプスは、3と12だった。

 余裕で負けた。


「お前が情報を明かす番だな。お前の一番の秘密を言ってみろ」


 いきなりそんなことを言われて、おれはひたすらに焦る。

 入れ替わりのことは、言うわけにもいかないし……。

 ええい、ここは。


「おれは、クドリエの女侯爵に貸しがあるから、クドリエの依頼権をもらった」


 これでどうだ!

 オイディプスは、実際に驚いていた。


「クドリエに? お前が?」


「そうだ。さあ、次だ」


 今度こそ、勝たないと。


「はいはい」


 オイディプスは手札を回収してカードをシャッフルして、また配った。

 今度こそ! と勢いごんで、手札を見る。

 10と……9!

 これは、いける!

 エースか2を引けば最強のカードになるが、さすがにそんな自信はない。

 おれは「このままで」と維持する。

 オイディプスは


「一枚引くぞ」と言って、涼しい顔で山札から取っていた。


「……よし。俺もこれで勝負する」


 オイディプスが宣言したので、ふたりで一斉にカードを表に向ける。

 オイディプスのカードは、3と8と6だった……。あ、あっぶな!


「おや、負けたな」


 しかし、オイディプスは全然悔しそうじゃない。


「じゃあ、おれが情報をもらう番だ」


「どうぞ?」


 オイディプスは怯むことなく、薄く笑う。


「お前はおれについて、どうして知っていたんだ?」


 おれの質問に、オイディプスは腕を組んで、つぶやく。


「身内が、お前の親父と面識があったんだ」


「身内……? 身内って、誰だ?」


「それ以上聞きたいのなら、また勝負となるが……どうする?」


 オイディプスが挑戦的に微笑み、おれは怯む。

 まずい。これ以上、おれに渡せる情報がない。


「……わかった。勝負はこれで終わりだ」


 おれは席を立ち、扉に向かって歩く。


「楽しかったぞ。またな」


 オイディプスの声が飛んできて、脱力しながら教室を出たのだった。

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