第六話 訳あり同級生と依頼(2)

 午後の授業には、ジルが言っていた通りベルトランも出席していた。

 だが、ベルトランは休み時間にこちらに寄ってくることもなく、授業が全て終わるなり一番に教室を出ていった。

 おれもお嬢と共に教室を出て、それぞれ寮へと帰った。


「あああ、疲れた」


 ブーツを脱ぎ捨て、ベッドに横たわる。眠るつもりはなかったのに、いつの間にやらうとうととしていて……「ただいま」というジルの声で目が覚めた。


「……おかえり、ジル」


「ただいま。寝てたの?」


「少しな。それより、早くベルトランのこと教えてくれよ。なんとなく気になる」


「はいはい」


 ジルは荷物を置く台に自分の鞄を置いてから、勉強机の傍にある椅子に腰かけてこちらを向いた。


「まず、ベルトランはベルトラン・ド・クドリエという、クドリエ女侯爵の息子なんだ」


「クドリエ……」


 おれは首を傾げて、その苗字を繰り返した。


「クドリエ女侯爵というのが、まず有名人でね。戦慄の女侯爵と呼ばれてる」


 それはまた、穏やかじゃない呼び名だ。


「クドリエ侯爵領は東の隣国・アルマニア帝国と国境が接している。そのせいで、小競り合いが絶えなくてね。一度、大きめの戦争があって、クドリエ側が勝利したんだけど……そのとき、クドリエ女侯爵は敵方の兵士を槍で突き刺して並べて、壁に使ったそうだよ」


「ぎええ!」


 おれは思わず、叫んでしまった。


「グロい話なら、先にそう言ってくれよ! 想像しちまっただろ!」


「ごめんごめん。ま、その逸話が有名で呼び名がついたんだけど、彼女は違う意味でも戦慄の女侯爵と呼ばれているんだ」


「どういうことだ?」


「クドリエ女侯爵は、たくさんの間諜を抱えていてね。彼らに各地からの情報をつかませてくる。更に、彼女の子供は外交で情報を取ってくる。つまり彼女はこの国一番の情報通なんだよ。ほとんどの貴族の弱みを知ってるんじゃないかな?」


「ひえ……なるほど。それで戦慄の女侯爵か」


 随分恐ろしい母親がいるんだな、ベルトラン。


「それで、ベルトランは休日に外出して一週間は戻ってこないんだよ。さすがにまずいんじゃないか、って校長が懸念していてね。僕なら年も近いし話しやすいだろうから、相談に乗ってくれないか……と昨日、頼まれたんだ」


「へえ。寮長も大変だな。でもあいつ、ジルに嫌味を言ってたし、全然言うこと聞きそうになかったじゃん」


「まあね。多分、自分でもどうしようもないんだろうと思う。各地の夜会に顔を出して、情報をつかんでくること。それを母親に命じられて、抵抗できないんだろう。『僕が役割を果たさないと学校に通うことすら許してくれないんだから』と、言ってたし。ベルトランは、ここに通っていること自体が抵抗なんだろう。クドリエ侯領にいた方が役目も果たしやすいし、クドリエなら一流の家庭教師も呼べる。だけど彼は、ここにこだわった」


 ジルの淡々とした語りを聞きながら、おれはベルトランのどこか頼りなさそうな後ろ姿を思い返した。

 嫌味だし、こちらを威嚇するような猫みたいなやつだったけど……そういう事情を聞くと、なんだか気の毒に思えるから不思議だ。


「今朝、ベルトランはどうして狙われたんだろな?」


「うーん。どうしてだろう。一応、警備はしっかりしているんだけどね、ここ。制服を着てたから、見逃されて侵入できたのかもしれない。どうにかして制服を手に入れたんだろう」


 ジルは自分でも考え込みながら、答えを口にした。


「狙われる理由は?」


「ありすぎて、本人もわからないんじゃない? クドリエ女侯爵の子供だからというだけでも、狙われる理由になるよ」


「……なるほどな」


 おれがうなずいたところで、ジルは立ち上がった。


「ま、ベルトランの話はこのぐらいで。クラスメイトなんだし、仲良くしてごらん」


「また、無茶を言うなあ」


「レイチェルと仲良くできたんだから、ベルトランとも仲良しになれるかもしれないよ?」


 ジルは天使のような笑顔を浮かべてきたが、おれはため息をついて寝転がった。




 翌日、おれが教室に入ったときにはもうベルトランが席に着いていた。

 ちらっとおれを見るなり、立ち上がる。


「おい」


「な、何だ?」


「話がある。今日の放課後、お前の部屋に行く。どこの部屋だ?」


 偉そうに詰問され、勢いに負けて「ジルと同室だ」と素直に答えてしまった。


「ふん、わかった」


 ベルトランは短く返事をして、どっかと椅子に座って足を組む。

 もう話はない、とばかりに本を広げている。


「話って……」


「放課後に行って言う。ここでは言わない」


 ベルトランはにべもない言い方で、ぴしゃりと答えた。

 何なんだこいつは、と舌打ちしながら、おれは自分の席に向かった。



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