第三話 取捨選択と謎めく上級生(4)

 そうして、おれはジルに書類を提出してもらい、翌日に初めて――剣術の授業に参加した。

 場所は、広々とした校庭。

 今までずっと教室にいたから、開放的で悪くない。


「リャン様! この授業でも一緒で嬉しいですわ」


 意外とお嬢も、取っていたらしい。

 この授業は、制服ではなく動きやすい服でいいと言われたので――一旦、部屋に戻って持ってきたリャンの服に袖を通したが……。


「おいおい、庶民がいるぞ」


「庶民なのはみんなわかってるだろ」


 なんて、くすくす笑われたりして。

 他の生徒は、運動着といっても、なんだか上等そうな生地のシャツにズボンといった具合だ。間違っても村人の服ではない。


「あなたたち、うるさくてよ! わたくしのリャン様に文句があるなら、お相手しますわ!」


 木剣を構え、お嬢がケンカを買いにいく。

 おれほどではないが、血の気が多い。次期女王だというのに、大丈夫だろうか。


「こらこら、控えろ」


 仕方なく、お嬢の首根っこをつかんで止める。


「あら、どうしてですの」


「これぐらいで傷つくタマじゃねえ。大体、もう始まるぞ、授業」


「……リャン様、わたくしのために……! わかりましたわ」


 お嬢は目をうるうるさせ、木剣を剣帯に仕舞う。

 別にお嬢のためじゃないけど……まあいいか。

 アン・ドゥ・トロワはさすがに参加できないのか、少し離れたところで立って見学している。

 すらりとした若い男性の教師が、校舎から出てきた。


「みんな、集合!」


 よく通る声で叫ぶと、生徒たちは先生の周りに集う。


「……ああ、君か。リャン・リーヴルだね。剣の心得は?」


 先生は、おれに視線を寄越して問いかける。


「もちろん、ありません。触ったことすら」


 正直に告げると、先生はおれに木剣を渡してくれた。


「それでは、君の相手は私が務めよう。みんな! 先週と同じように、二人組になって打ち合え!」


 先生は指示を出したあと、おれに向き合う。


「初めてなら、まずは両手で使う練習を。片手は慣れてから。柄を両手で握って」


「はあ」


 言われたとおりに柄を握る。


「私の型を真似しなさい」


 いきなり、右肩と顔の間ぐらいに打ち込まれる。

 ぎゃっ。

 慌てて打ち返そうとしたら、叱られた。


「返すな! 絶対に当てないから。ただ真似をするんだ」


「へ……は、はい」


 おっかなびっくり、おれは先生のように狙いを定めたが……危うく、先生の顔に打ち込んでしまうところだった。

 先生は、心得たように軽々と避ける。


「相手が動いていないのに、前方に歩いてどうする。突っ込んでくるな。重心を前に傾け、剣を振るうんだ」


「お……はい」


 助言を受けて、また打ち込む。

 先生の真似をしたつもりだが、どうにも不格好だ。


「姿勢を崩すな!」


 無茶言わないでくれ……!




 剣術の授業が終わって、先生が学校に入っていったときには、汗みずくで座りこんでしまった。


「……」


 体中が痛い。

 これで単位が取れるのか……? む、無理。かといって勉強もきつい。


「リャン様。大丈夫ですか?」


 お嬢が心配して、手を伸ばす。

 ありがたく、その手を取って立ち上がった。


「ありがとよ。……ちょっと、舐めてたぜ。もう少しなんとかなるものかと」


「リャン様、今回が初回なのでしょう? それなら仕方ありませんわ。剣術は型がものを言いますの! つまり修練あるのみ! そのうち、体が覚えていきますわ」


 なんだかとてもお嬢が心強く見える。

 ジルが「友達になっておきなよ」と言った理由が、しみじみわかる。

 ひとりだったら、心細さ倍増だったかも……。


「おれ、この授業で単位取れるのかな」


 思わず弱音を吐くと、お嬢は首を傾げた。


「大丈夫だと思いますわ。よほどひどくなければ、取れると聞いていましてよ」


「でも、おれ以外はみんな剣術の心得があるから、だろ?」


 だからこそ、ボーナスになり得るわけで……。


「ご安心くださいませ、リャン様! わたくし、剣術は得意ですのよ。いつでも教えてさしあげますわ!」


「……悪いな」


「いえいえ」


「でも、得意なのに、この授業は取ったのか?」


「ええ。全科目の単位を取る自信はありますけど、念のため――保険で取っておきたかったのですわ」


「そうか……」


 お嬢は外国語で、全授業だもんな。


「さっ、リャン様! 教室に帰りましょう!」


「……ああ」


 促され――のろのろと歩き出した。



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