六花の祈り~荒くれ少女と王侯貴族のはかりごと~
青川志帆
第一部 夕べの祈り(学校潜入編)
第一話 潜入者と協力者(1)
おれの親父は無謀だった。
呼ばれた晩餐会で、「神などいない」と言い張る無神論者の貴族相手に、たんかを切ったのだ。
そもそも、親父は庶民ながらに神学者になった人物だ。隣の領地の領主だからって、そんな親父を呼びつけたやつもどうかしてる。
「神は存在する!」
「……さすがはリーヴル博士。庶民ながら、神学者になっただけはある。だが、それを証明できるのか?」
できるはずもなかった。だが、親父は閃いてしまった。
「私の息子リャンは、高名な神父に偉大な人物になると予言された。実際、優秀な息子だ。彼をもって証明する」
洗礼をする際、その神父は赤子の未来を見たという。
親父の答えに、無神論者の貴族――ラフォンヌ伯爵は声を立てて笑った。
「ならば、その息子を我が領地のセルン神学校によこしてもらおうか。どういう成長をするか、見ていてやろう」
そうして、親父は息子を差し出す羽目になった。
*
がたんっ、と馬車が大きく揺れて、夢うつつだったおれは目を開けた。
「うおっ、びっくりした」
あくびをかみ殺して、馬車の窓から外を覗く。のどかな田園風景が広がっていて、自分が今どこにいるのか、よくわからない。
「今、どこなんだ? いつ着くんだよ」
焦れておれが正面を向くと、男は腕を組んで鼻を鳴らした。
「もうとっくにラフォンヌ伯爵の領地に入って、神学校ももうすぐだ。全く、これだから庶民は。おとなしく待てないのか」
この男はラフォンヌ伯爵の召使いらしく、おれを村まで迎えに来たのだが、どうやら庶民が嫌いなようで、ことあるごとに「これだから庶民は」と言う。
うるせえ黙ってろ、と罵るわけにもいかず、おれは足を組んで反抗的な態度を示しておいた。
早く着いてほしいような、着いてほしくないような、複雑な気分だった。
昨日の昼から、休憩を挟みながらも夜通し走りつづけてもまだ着かないとは。思った以上に遠い。
ふと、おれは自分の服装に視線を落とした。紺色の短いコートに、同色のズボン。足下はショートブーツ。コートの下には、白いシャツ。女子は胸元にリボン。これが、セルン神学校の制服だった。
セルン神学校は、来る者拒まずの精神で門戸を開いているからか、制服が用意されているのだという。たしかに、おれから見ればこの制服は上等すぎて気後れするぐらいだ。
とはいえ、セルン神学校の学費を払える庶民なんて、ほぼいないだろう。だからか、ここに通うのは王侯貴族ばかりだという。
ぼんやりしている内に、おれはまた眠ってしまったらしい。
「おい、リャン・リーヴル!」
名前を叫ばれて、おれは馬車の椅子から落っこちかけていることに気づく。
馬車が停まってる? ……ってことは、やっと着いたのか!
ラフォンヌ伯爵の召使いは、先に降りてしまったらしい。
おれは大喜びして、椅子に置いていた荷物を取って、馬車のタラップも使わずに飛び降りた。
「それでは、私の役目はこれまで。ではな」
「あ、ああ……」
一応礼を言おうかと思ったが、ラフォンヌ伯爵の召使いはさっさと馬車に乗って、馬車も後は知らないとばかりに消えていってしまった。
正面にそびえ立つ石造りの建物を見上げて、拳を握る。
おれ、本当にやっていけるのか?
しばらく待っていたが、誰も迎えに来なかった。だろうな! だと思ったよ!
心中で文句を言いつつ、おれは勝手に門をくぐって敷地に入っていった。
玄関の扉も、ノックすることなく開いて入っていく。
「……で? どうすりゃいいわけ?」
肩をすくめても、答えは返ってこない。授業中なんだろうか。やけに静かだ。
そのとき、男子生徒が通りかかって、おれはそいつのコートをつかんだ。
「わっ! 何だ、君は!?」
「助けてくれ! おれは今日、入学することになってたリャン・リーヴルっていうんだ。これから、どうすりゃいいんだ」
「はあ? そんなこと、俺に言われても。学園長室か? いや、いきなり行くのも怖いし、多分いないな。……それじゃ、寮長に聞くか。寮長なら、きっと何か知ってるから」
男子生徒は、おれの睨みが怖いのか、やたら早口で説明していた。
しまった。ケンカで鍛えた眼光が炸裂してしまったか。おれはつり目だし、目の色もクレイジーブルー(強すぎる青)だから、睨みつけると結構な迫力を醸し出すらしい。お上品なここでは、気をつけよう。
「ほら、行くぞ」
「おう。ありがとな」
おれは笑顔を浮かべたが、彼はさっさと踵を返してしまった。男子生徒の背を追い、おれは廊下を歩き続ける。
寮長、か。なるほどな。もう授業が終わってる時間だから、みんな寮に引っこんでるのか。
セルン神学校は全寮制だ。家の近い生徒は通うこともあるそうだが、そんなのラフォンヌ伯領の住人か、別荘持ちしか無理だろう。
そして男子生徒は、とある部屋の前で足を止めた。
「ここが寮長室だ。じゃ、俺はこれで」
と、彼はそそくさと退散してしまった。
おれは「まあいいけどさ」とつぶやいて、扉をノックした。
「どうぞ」
涼やかな声が返ってきたので、おれはそおっと扉を開いた。
中には、一人の男子生徒が座って机に向かって書き物をしていた。
彼は顔を上げて、おれの存在を認める。
「ああ……もしかして、君がリャン・リーヴル?」
よかった。さすがに寮長には話は通っていたようだ。
「その通りだ」
「そう。お疲れ様」
寮長は手を差し出し、にっこり笑った。
「僕の名前は、ジル・ド・ガルヴァランツ。よろしくね」
ジルは、いかにも貴族らしい外見をしていた。さらさらとした金色の髪に、アイスブルーの目。笑顔は隙がなく、大体の女は参るんじゃないかという、甘い整った顔立ち。
「よろしく! あんたぐらいだよ。こんな友好的にしてくれたの」
ホッとしてその手を握ると、ジルは眉をひそめた。
「ねえ……君」
「何だ?」
「まさか君、女の子じゃない?」
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