第2話:おなかもこころもいっぱい♡

宿の食堂での朝食。

焼き魚の香ばしい匂いが漂う。

カイは焼き魚を前に、

隣に座る聖女セイラと

向かいの賢者クオンを見る。


セイラはカイの腕に抱きついて、

卵焼きを美味しそうに頬張っていた。

クオンは新聞を読みながら、

ご当地名物「煌めき鉱泉饅頭」を

ゆっくりと食べている。


朝の光が窓から差し込み、

湯気立つ料理の匂いが食欲をそそる。

饅頭からは湯気が「フワリ」と広がり、

甘い香りが鼻腔をくすぐった。


クオンは新聞記事に目を走らせつつ、呟く。

「この饅頭、ちょっと食べすぎると

胃にもたれるんよなぁ」


カイは饅頭を一口頬張る。

「うん、甘くて美味しいな」

満足げに目を細めた。


セイラは自分の饅頭をカイの口元に差し出す。

「しゅじんさま、あーんしてあげるですぅ〜♡」

カイが饅頭を口に入れると、

セイラの指が「フワリ」と唇に触れた。


クオンは呆れ顔で小言を言う。

「ったく、行儀悪いんやで!」

しかし、その視線はなぜか

二人の口元に向けられている。


カイは満面の笑みで言った。

「うん、美味しかった!

おなかもこころもいっぱいだ」

セイラがカイにすり寄る。

「セイラもしゅじんさまと一緒だと

おなかもこころもいっぱいになるですぅ♡」

クオンはどこか満足げに頷いた。

「ほんまやな。ええもん食うたわ」


食後、満腹感と眠気に誘われたカイは、

部屋に戻るとそのまま布団にダイブした。

セイラがカイの隣にぴったりと寄り添い、

甘えた声で誘う。

「しゅじんさまのおなか、ぽかぽかですぅ〜♡

セイラも、しゅじんさまと一緒に

ゴロゴロしたいですぅ〜♡」


その声に、カイは思わず苦笑する。

セイラはそのまま、カイの腕を枕代わりに

膝枕をしてくれた。

セイラの髪からシャンプーの

「甘く優しい香り」が「フワリ」と漂い、

カイは思わず目を閉じた。


その日の昼過ぎのこと。

カイは昼寝をしていた。

枕元には、朝食で食べきれなかった

煌めき鉱泉饅頭が置かれている。

賢者クオンが強化した特別な饅頭だ。

カイは寝ぼけて、それを全て食べてしまう。

むしゃむしゃと口に運ぶ。

甘みが口いっぱいに広がった。

カイは幸せそうに寝息を立てた。


賢者が強化した饅頭は、

カイの体内で分解された。

活性化した魔力石の粉末が、

賢者が再調整しようとしていた温泉の

「魔力供給路」の排出口を偶然塞いだ。

クオンはそのことに気づいていない。


夕食後。

カイは湯上がりの身体で、

ふかふかの布団にくるまる。

聖女セイラが、そんなカイの隣に

「するり」と滑り込んできた。

湯気を含んだセイラの肌は、

カイの腕に触れると「ひんやり」として、

しかしすぐに体温で「じんわり」と温かくなった。


「しゅじんさま、隣、いいですぅ〜?♡」


上目遣いでカイの腕に絡みつく。

その瞳は、暗闇の中でも煌めく星のようだ。

クオンも不満げにしながらも、

部屋の隅で自分の布団を敷き始める。


「あーもう!……このままやと寝不足になるわ。

ウチはもう寝るからな。

アンタらの騒ぎで寝不足なん勘弁してな」


そう言って、クオンは自分の布団に滑り込む。

しかし、そのまま寝付く様子はない。

セイラは甘い声でカイを誘う。


「しゅじんさま、そろそろ……ねよか?♡」


カイは両脇に挟まれ、

一瞬身動きが取れなくなる。

「え? え、もう寝るの?

ていうか、オレの布団狭……あ、ちょっと!?」


困惑するカイをよそに、部屋は静まり返る。

セイラはカイの腕に頬をうずめ、

クオンもカイの足元に体を押し付け、

三人はそれぞれ横になった。

カイはため息をつきつつも、

二人の温もりに包まれて、

いつの間にか深い眠りに落ちていった。

誰の口からも、寝息は聞こえない。


翌朝。

カイ、セイラ、クオンが部屋を出て、

宿の帳場へと向かう。

廊下に出ると、宿の主人がにこやかに話しかけてきた。


「今朝は、饅頭のような甘い香りがしますな……

昨晩はおたのしみでしたねぇ……」


カイは慌てて否定しようと口を開く。

「い、いや、その、別に何も…」


だが、その言葉を遮るように、

セイラは顔を真っ赤にして口元を抑え、

クオンは思わず目を見開いた。


セイラは、カイの腕にしがみつくようにして、甘い声で言った。

「しゅじんさま、寝言で“あったかい…”って言ってたですぅ〜♡

セイラも、しゅじんさまと一緒だと、

おなかもこころもいっぱいになるですぅ♡」


クオンは、焦ったようにカイを指差しながら、早口でまくし立てた。

「ちゃうわ、寝てただけやんか!……

いや、ほんまに何もしてへんからな!?

(…口ではそう言ったけど、腕の中にいたんは確かやし…)」


カイは、そんな二人の言葉に、

ほんのり顔を赤らめ、

恥ずかしそうにそそくさと宿を出て行った。


次回予告:

微かな波紋。それもまた、始まりの兆し。

次話 第3話 ぷるぷる温泉と、とろける関係?

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