第5話 遺跡の試練
遺跡の試練、そして古きエルフの導き夜が明け、
遺跡に朝日が差し込む。ひんやりとした
朝の空気は、アークの頬を撫で、昨夜の出来事が夢ではなかったことを告げていた。掌の中の
「導きの石」は、もう光を放ってはいないが、確かに温かい。この遺跡で「力」を手に入れ、そして「最初の仲間」と出会うという啓示。
アークの胸には、確かな期待が膨らむと同時に、未知への漠然とした不安も募らせていた。
「力って、一体なんやろ…?剣も魔法も、俺にはわからへんのに、どうやって手に入れるっちゅうねん。」
アークは遺跡の中央にそびえる祭壇を見上げた。
苔むした石の祭壇は、ただ静かにそこにあるだけだ。何か特別な仕掛けがあるようには見えない。
アークは祭壇の周りを何度も歩き回り、
石の柱に触れてみたり、地面のひび割れを
丹念に調べたりしたが、何も見つからなかった。
時間だけが、無情にも過ぎていく。焦燥感が、
アークの心をじりじりと蝕んでいく。
もし、ここで何も見つからなかったら、
自分の旅は、この先どうなってしまうのか。
数時間が過ぎ、太陽が空高く昇る頃、アークは疲れて祭壇の脇に座り込んだ。慣れない野宿と、
精神的な重圧が、彼の肉体と精神を蝕んでいた。
故郷の温かいベッド、祖母の優しい声が、
遠い記憶のように感じられた。
その時、アークの脳裏に、老賢者エルトンの言葉が鮮明に蘇った。
「光を紡ぐ者は、導きの星の下に集いし者たちと共に、闇を打ち払う」
そして、遺跡で響いた声の最後の言葉。
「試練を乗り越え、真の導き手となれ」
「導き手…」アークは呟いた。自分は剣も魔法も使えない、ごく普通の青年だ。だが、エルトンは自分を「導き手」と呼び、この遺跡の声もまた
「真の導き手となれ」
と告げた。物理的な力がない自分が、
一体何を「導く」というのか。
アークは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
故郷エールシュタットの街並み、
祖母ハルの温かい笑顔、ホムラ村の人々の
素朴な温かさ、そして旅の途中で出会った
小さな子ウサギの、警戒しながらもパンを
食べる愛らしい姿。守りたいもの、助けたい人々。それら全てが、アークの心に温かい光を灯した。
それは、決して強大な力ではないけれど、ア
ークの心を支える、確かな希望の光だった。
その時、アークの掌に握られた「導きの石」が、
再び微かに光を放ち始めた。その光は、
これまでとは違い、アークの心臓と共鳴するように、脈打つような輝きだった。まるで、
アークの心の奥底にある「導きたい」
という純粋な願いに、石が応えているかの
ようだった。
そして、祭壇の石に、淡い光の紋様がゆっくりと浮かび上がった。それは、アークがこれまで見たこともない、複雑で神秘的な模様だった。紋様は、
まるで生きているかのように蠢き、アークの目を
釘付けにした。アークは恐る恐る、光る紋様に
手を伸ばした。指先が紋様に触れた瞬間、
ひんやりとした石の感触と共に、アークの意識は、どこか遠い場所へと引き込まれるような
感覚に襲われた。
目の前に広がるのは、無数の光の粒が舞い踊る
幻想的な空間。その中心に、巨大な光の柱が
そびえ立っていた。柱からは、温かく、
そして力強いエネルギーが放たれており、アークは畏敬の念を抱かずにはいられなかった。その光は、どこか自然の根源を思わせる、澄んだ輝きを
放っていた。
「これが…力…?」
アークが呟くと、光の柱から、澄み切った森の風が囁くような、清らかな声が響いた。それは、
昨夜遺跡で聞いた声と同じ、しかしより力強く、
そして古きエルフの賢者のような、悠久の時を感じさせる穏やかな響きがあった。その声は、
アークの心の奥底に直接語りかけるようだった。
「汝、アーク。汝が求める力は、汝の心の内にある。人々を導き、絆を紡ぎ、闇を打ち払う。それが、真の導き手の力なり。剣や魔法だけが力ではない。汝の優しさ、汝の信念、汝が人々を想う心が、何よりも強き力となるであろう。この地は、かつて我らエルフが、世界の真理を追求し、自然の摂理と深く結びついた力を紡ぎし場所。汝に宿る導きの力は、その繋がりを呼び覚ます鍵となるだろう。」
光の柱が、アークの心の中を見透かすように
語りかける。アークは、自分の心の奥底に
眠っていた、漠然とした「誰かを守りたい」という思いが、この「導き手」としての力に繋がっているのだと悟った。それは、彼が今まで抱いていた「力」の概念を覆すものだった。
「汝の旅は始まったばかり。己の心を信じ、導きの光を己の内に見出すのだ。その力は、やがて汝が求める絆と、真の道へと誘うであろう。」
声が消え、光の空間がゆっくりと消え去っていく。アークが目を開けると、そこは再び遺跡の中だった。祭壇の紋様は消え、導きの石の光も収まっている。しかし、アークの心の中には、確かな変化が
生まれていた。自分に剣や魔法の力はなくても、「導き手」として、人々を、そしてやがて
現れるであろう仲間を導くことができる。
その確信が、アークの心を強くした。
彼の表情には、旅に出てから初めての、
迷いのない光が宿っていた。
アークは立ち上がり、遺跡の出口へと向かった。
西の空には、最後の光を放ちながら沈みゆく
夕日が、赤く輝いていた。その光景は、
アークの新たな決意を静かに見守って
いるかのようだった。孤独な旅はまだ続くが、
自分の中に秘められた力が何なのか、
そして仲間との出会いがどこで待っているのか。
その予感は、アークの心を力強く奮い立たせた。
導きの光が示す先へ、アークは希望に満ちた
新たな一歩を踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます