第37話:公都への帰還
自由都市での騒乱が収束して数日後。
加賀谷たちは、公都へと戻ってきた。
公都の門が見えたとき、加賀谷はようやく深く息を吐いた。
馬を駆って先導するランカ・バルザは、振り向きもせずに声を張る。
「あと少しだ、気張れ。ミロ、お前、顔色わりぃぞ!」
「だ、大丈夫ですっ……っ、もうすぐ……」
馬上でぐらつくミロを、ノアがそっと支える。無言のまま、涼しい顔で。
加賀谷は一行を見渡しながら、ふと空を仰いだ。春の空は白く、穏やかだった。
門の前では、すでに兵士たちが整列して待っていた。中央に立つのはガロウ。公国兵士長として、堂々と構えている。
「閣下。お戻りを、心より歓迎します」
「……留守を任せて、すまなかった」
「いえ。公都は健在です。閣下が、戻る場所として」
簡潔なやり取りだが、その裏には確かな信頼があった。
ランカが馬を下り、加賀谷に顎で合図する。
「……あんたに伝言だ。ヴァルド様からさ」
「聞こう」
「南方の《レーナ連邦》。今なら話が通じる。帝国が牙を剥く前に、囲いを打てってさ。タイミングは、今しかねぇ」
加賀谷は頷いた。
帝国の圧力が高まる中、動ける相手とは早期に手を結ぶ必要がある。
やるべきことは、山ほどある。
一行が謁見の間に入ると、そこには政務机に埋もれたリィナ・ミティアの姿があった。肩には何枚もの文書が乗りかけており、髪もどこか乱れている。
「……ようやく帰ってきたんですね」
「だいぶ、お疲れのようだな」
「ええ、政務を一週間一人で回したら、肩も首も寿命を迎えそうです」
ミロが遠慮がちに申し出る。
「あの、もし私でお役に立てることがあれば……」
「ありがとう、でもその前に──まずは全員、風呂! それから、ごはん!」
ノアが珍しくこくんと頷いた。ガロウは微笑を浮かべる。
加賀谷はその光景にわずかに口元を緩め、静かに言葉を継いだ。
「……休んでる暇はないかもしれんが、少しだけ骨を休めてくれ。
こっちは、次の囲い込みを急がなきゃいけない」
リィナは山のような書類を脇へ追いやり、天を仰いでひとつため息をついた。
「……じゃあ、一時間だけ“お姫様”やっても、許されます?」
「一時間経ったら、閣下として働いてくれ」
「うぐっ」
そんな軽口の応酬の中、公都に、ほんの少しだけ春のぬくもりが戻っていた。
――同刻・北方 民族連合国家フォルニア・王城会議室
豪雪を冠した山々に囲まれた北の国。
その中核をなす三国連合、
「――つまり、帝国は南の交易圏に目を向けており、この北方など後回しだと?」
「そうだ。あの中央集権国家に、我らのような山岳連邦は攻めづらい。補給も、道も、兵の数も、な」
「それに、万が一攻めてきたとしても、我々の三万の兵で迎え撃てば……」
その言葉が終わる前に、ひとりの使者が会議室へと飛び込んだ。
「し、失礼します! ――帝国軍が、侵攻を開始しました!」
「なに……? 数は?」
「……五百。わずか、五百名です」
重苦しい沈黙が流れた。
誰もが耳を疑い、そして――鼻で笑った。
「五百だと? 我らを、なめおったか」
「そうだな。これは……逆に好機かもしれんな。我が国の正義と誇りを帝都に知らしめてやれ」
会議の空気はすぐに“迎撃の士気”へと変わった。
彼らはまだ知らなかった。
“帝国三将”のひとり、《蒼雷将ヴェルグラード》が率いていることも。
そして、その背後に立つ異様な青年――異世界から召喚された策士、
**「サレヴァン」**の名を。
――帝国軍・前線陣地 移動式指揮車両
丘の上に設けられた簡易戦略室。
雪を踏みしめ、帝国の将校たちが地図を広げていた。
「敵の士気は高く、兵力差も十倍以上……ですが、予想通り、分散配置です」
「よし。では、例の手順通りに。雷撃斥候部隊で通信線を破壊。陽動をかけて、中央突破。遊撃は後衛を掃除していけ」
そう命令を飛ばす青年は、異国の顔立ちをしていた。
整った容貌に異様な眼光。まるで冷たい星をそのまま埋め込んだような、感情の読めない瞳。
帝国が次元転移により召喚した異邦の戦術家。
その名は――サレヴァン・クローディアス。
「ここは“点取りゲーム”だ。命は駒、将は点。
連合を構成する三国の首脳、全員を落とせ。そしたら今日の得点は満点だ」
言葉の軽さに、重々しい命令が宿っていた。
将校たちの表情が引き締まる。
「――全軍、前進開始」
帝国は覇道を遂げるためにその矛を容赦なく突き付けた。
◆あとがき◆
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