第19話:戦後処理
白大理石の床を舐める陽光が、王城の謁見(えっけん)の間を静かに照らしていた。
天蓋の下、ミティア公国〈大公〉――加賀谷 零が正装のマントを翻し、円卓の奥に立つ。
隣に並ぶのは、公女リィナ。文官たちと近衛副官、そして軍務長ガロウが控え、評議は今まさに結論を迎えようとしていた。
鎖をかけられた捕虜が膝をつく。
黒狼隊の指揮官ハーシェル、そして反乱を焚き付けた没落伯爵バルト・グレノア――かつての尊大さは影も形もなく、唇は血の気を失っている。
加賀谷は一冊の帳簿を広げ、無機質な声で告げた。
「偽装会計・資金洗浄・兵站支援。反逆の証拠は揃っている。――よって、グレノア伯爵家を反逆罪で断罪し、爵位を剥奪。資産は国庫へ編入する」
ざわり、と文官席が揺れた。
リィナが一歩前に出る。
「諸侯の異議は?」
誰も声を上げない。
リィナは静かな決裁印を卓上の石板に押し、加賀谷へと視線を返した。
「これより先は、法の手続きに則り執行いたしますわ。大公閣下、ご承認を」
「異議無し」
短い返答が、伯爵家の終焉を告げた。
* * *
評議が散会し、側面の小会議室へ場所を移す。
円卓中央に、捕虜供述・押収品の目録・裏金流通図が投影される。ミロが震える指でページを送りながら報告した。
「
「名を伏せるな」
加賀谷が遮り、首を横に振る。
「公文書に乗せる。貴族院の議席配分を全面的に洗い直す。兵站税を掌握する旧家は、次の改革の障壁になる」
ガロウは腕を組み、頷いた。
「軍制改革も進める。予備役の再編を急ぎ、王都外郭の守備線を強化する」
「財務局は改訂予算案を三日で」
加賀谷が言う。
「数字を上げてくれ。人選は私が決める」
「か、かしこまりました!」
ミロが端末を抱え直し、瞳を輝かせた。
* * *
夜半近く、長い回廊を二人の足音がゆく。
リィナは欄干にもたれ、夜灯りの街を見下ろした。
「……昔の私なら、貴族の横暴を正すだけで満足していたでしょうね」
囁くような声だった。
「けれど、国って数字だけじゃ動かない。感情も、誇りも、人の意志も――あなたに教わりました」
加賀谷は歩みを止め、肩越しに夜景を眺めた。
王都の市場には灯がともり、整い始めた街路を行き交う人々が小さく揺れている。
「改革で“奪う価値”が生まれた。それを示したのが今回の反乱だ」
低い声が石壁に反響する。
「価値を生んだ以上、守り抜く仕組みを完成させる。それが次の仕事だ」
リィナは小さく笑う。
「――大公閣下。次の改造計画、私も前線に立ちますわ」
「頼もしい」
加賀谷は短く答え、歩を進めた。
月光が二人の影を長く伸ばす。
国はまだ未完成だ。それでも、確かに動き出している。
数字と剣と、人の意志が噛み合う歯車の音が、静かに夜空へ広がっていった。
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