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「失礼します」
陽介が保健室に入ると、いつもどおりの白衣で机に座っていた木暮が振り向いた。反射的に一歩さがりそうになったが、ぐ、と堪えて声をかける。
「藍、いますか」
「何の用だ」
冷たい話し方は、夜の藍にそっくりだと陽介は気づいた。
「夕べ倒れたから、心配しているだけです」
木暮は無言で、白いカーテンに視線を移す。少し迷ってから、陽介はベッドに近づいた。木暮は陽介から目を離さなかったが止めることもなかったので、そのままカーテンの中を覗き込む。
そこには、藍が穏やかに眠っていた。顔色の良いその姿に、ようやく陽介は安堵する。
「兄妹だったんですね」
元通りにカーテンを直して、陽介は木暮に振り向くと近づいた。
「ああ。妹が世話になっているそうだね」
それ以上小暮は続けなかったので、陽介も二人の名字が違うことには触れなかった。
(事情、いろいろあるだろうしな)
「一人であんな時間に出掛けるの、危ないですよ。あと、何か着せて下さい。あれじゃいつか風邪ひきます」
「あの子は風邪などひかない」
「現に倒れているじゃないですか」
「あれは」
何かを言いかけて木暮は言葉を止めた。
「ショートしたからだ。病気ではない」
「ショートって。昨日も言ってましたけど、それじゃまるでロボットですよ」
「ロボットではない。AI搭載の精密人型アンドロイドだ」
真面目な顔でいった木暮に、陽介は苦笑する。
「そういう話を聞くと、兄妹だなあ、って思います。木暮先生でも冗談を言うんですね。もっと怖い人かと思っていました」
「とっくに授業は始まっているが?」
「うちは自習です。保健室にいるって、クラスメイトには伝えてきました」
そういうと陽介は、そこにあった椅子に勝手に座った。
「2年4組宇津木陽介、サボり、と」
保健室の使用者名簿に書きもうとする木暮に、陽介は慌てる。
「あ、いえ、もう戻りますよ。藍が無事ならいいです」
「では、さっさと教室に戻りたまえ」
そのまま立ち上がって部屋を出かけた陽介は、ふと足をとめた。しばらく考えたあと、もう一度木暮に向き直る。
「あの……先生」
「なんだ」
「昨日……いつから、あそこにいたんですか?」
書類を読んでいた木暮は、その言葉に顔をあげて口の端をあげた。
「私がどこにいようとかまわないだろう。それとも、なにか私に見られては困ることでもしていたのか?」
笑顔らしきものを作っているのに、それはなんとも恐ろし気な顔だった。
(う……これは、やっぱり、見られてたな……)
陽介は、姿勢を正して、頭をさげる。
「夕べは、妹さんに失礼な事をしてすみませんでした」
「失礼な事だと自覚はあるのか」
「まさか倒れる程ショックを受けるとは思わなかったんです」
何か考えているらしい木暮は、それには何も答えなかった。
「俺、藍が好きです」
「で?」
「これからも、できれば彼女とつき合っていきたいんです」
「それは、藍が決めることだ」
「ええと、先生には反対されてないと思っていいですか?」
今日一番の冷たい視線が来た。
(さむっ!)
「さっさと教室に戻れ」
陽介もさすがに今度はおとなしく保健室を後にする。
(放課後もう一度会いにいってみるか)
そう決めて、陽介は教室へと戻っていった。
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