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 授業に戻る気にはなれず、皐月はそのまま校舎を飛び出して中庭へと降りた。庭の奥の方には木立が広がって、ベンチがいくつか点在している。昼時になれば、生徒がよくお弁当を食べている場所だ。


 その小道を皐月はとぼとぼと歩いて、一つのベンチに腰を下ろした。

「はあ……」

 あんなこと、言うつもりじゃなかった。

 皐月とて、藍のことが嫌いなわけじゃない。むしろ、思いのままにくるくると表情を変える藍の言動に、嘘も裏表もないことを知っている。同性からみても魅力的でかわいく、好ましい友人だとすら思っていた。

 きっと陽介も、そう思っただろう。皐月や諒に対するように。


 けれど、今の陽介はそれ以上に藍に惹かれているように見える。先ほどの陽介の表情を思い出すと、皐月の胸がずきりと痛んだ。

 陽介に彼女がいたことはない。だから自分が一番陽介に近い位置にいると思っていたし、周りからもそう言われてそのつもりでいた。

 その位置が、藍の登場で揺らいでいる。だから、心にもないあんなことを陽介に言ってしまった。皐月は、それを激しく後悔していた。


(嫌われちゃったかな)

「陽介の、ばか」

「サボりみっけ」

 小さく呟いた皐月の耳に、場違いに明るい声が聞こえた。


「諒」

「めずらしいな。陽介と、けんか?」

「見てたの?」

「あんなところで大声出してれば、嫌でも見えるさ」

 諒に言われて、皐月は、か、と頬を染めた。


 さっきは頭に血が上った状態だったが、冷静に考えればあたりにはたくさんの生徒がいた。

 今更ながらに恥ずかしくなって、皐月は頬を両手で隠す。


「うわあ、そうよね。みっともないことしちゃったなあ」

「しかもさ、あれだけ言われても、陽介鈍感だから皐月が何であんなこと言ったのか、まっっっったく気づいてないと思うぞ」

 諒は、どかりと皐月のとなりに腰を下ろす。皐月は肩を落として大きなため息をついた。


「気づかれたくないもん、そんなの。……私、嫌われちゃったよね」

 色素の薄い柔らかな皐月の髪を、諒がひと房ひっぱる。

「ばーか。そんなことで陽介はお前のこと嫌ったりしないよ」

「本当に?」

 ちら、と皐月はすがるように諒を見上げる。


「本当に。むしろあいつのことだから、あんなこと言ったお前の事の方を心配しているぞ」

 それを聞いて、皐月は瞬いた。

「陽介……私のことなんて、心配してくれるかな?」

「あたりまえだろ」

 確かに陽介なら、友達の様子がおかしければ心から心配するだろう。それは皐月もよく知っている。けれど、それがいざ自分の事になると、とたんに自信が持てなくなってしまう。


「陽介は、皐月の事もちゃんと好きだよ」

 微笑む諒に、皐月は思い切り顔をしかめる。

「『も』、ね」

「あいつの好きは、万物平等だよ。そこで落ち込む必要はないさ」

 諒の骨ばった手が、優しく皐月の頭をなでた。慰められていることを感じて、ようやく皐月は口元を緩める。


「愚痴ってごめんね。あーあ。なんで諒にはあっさりとバレてるのに、肝心の陽介は気づかないのかなあ」

「それは……ほら。俺は敏感だから、わずかな変化にも気づくことができるんだよ」

「誰が敏感? ふふ。でも、ありがと、諒」

「あとでちゃんと、陽介に謝っておけよ」

「うん。ねえ、諒」

「ん?」

 皐月は、しっかりと体を起こして前を向いた。


「私、陽介にちゃんと告白する」

 諒が、こころもち皐月から離れて姿勢を正す。


「そっか」

「このまま陽介が藍ちゃんとつき合っちゃったら、きっと私後悔するもん。たとえそうなったとしても、陽介には私の本当の気持ちを知っていてほしい」

「そうだな」

 しばらく黙っていた皐月は、ちらりと不安げな顔で諒を見た。


「フラれたら、私の事放っておいてね。多分、しばらくは立ち直れないだろうから」

「放っておいていいのか?」

「うん。諒にまで迷惑かけたくない」

 諒は、笑みを作った。


「かけろよ、迷惑。友達だろ?」

「友達だからよ」

「友達だから、一緒に泣いてやるよ」

「諒も泣くの?」

「そりゃもう、おいおいと。皐月より派手に泣いてやる」

「それじゃ、私が泣けないじゃない」

 そう言って笑うと、皐月は伸びをしながら立ち上がった。大きく息を吐くと、いつもの笑顔に戻って諒を振り返る。


「自販いこ? さぼりにつき合わせちゃったお礼に、ジュースでもおごるわ」

「やりい。じゃ、俺コーラ」

「おっけ。あ、私たち上履きだ。先生にみつからないようにしないと」

 諒も立ち上がると、先ほどより少しばかり足取りの軽くなった皐月のあとを、ゆっくりとついて行った。

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