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「ごめん、赤羽。足、大丈夫か?」
「他は、どこか当たったか?」
「気をつけろよ、村上、山田」
「そうよ、危ないって言ったでしょ」
クラスメイトに次々に言われ、二人はしゅんと肩を落とした。陽介は、ひねったという赤羽の足を見ている。
「赤くなってるな。後で腫れるかもしれない。保健室行こうか」
「あとで落ち着いたら行く。今は痛くて歩けない」
痛いという言葉を示すように、眉間にしわを寄せて赤羽が言った。陽介はそれを見て、赤羽に背を向ける。
「おぶってやるよ」
「え、悪いよ。宇津木君」
「俺、保健委員だし。それに、そこ腫れてくる前に湿布張ってもらった方がいい」
「でも」
「遠慮すんなって。第一、今こじらせたら修学旅行いけなくなるかもしれないだろ?」
その言葉に、赤羽ははっとした。
「ん……」
「行こう、裕子。私も一緒に行くから」
赤羽と仲のいい女生徒が言うと、少しためらってから赤羽はおそるおそる陽介の背につかまった。陽介は、赤羽を背負って軽々と立ち上がる。
「大谷先生には、3人が保健室に行ってること伝えておくわ」
赤羽のスカートを整えながら、皐月が言った。
「ああ、頼む」
「気をつけていけよ、陽介。大事なお嬢様なんだからな。第一、軽い赤羽さんと違ってお前は担げないんだから、怪我したら転がして保健室だぞ」
明るく言った諒に、周りのみんなが笑う。
三人が出ていくと、ボール遊びをしていた男子たちは、倒れた他の机やいすを片付け始めた。
「宇津木君て、ああいうとこ格好いいよね」
「普段地味だけど、なかなか顔もいいし優しいし」
「実家、医者でしょ? 宇津木君も医者になるのかな」
あたりにいた女子生徒たちがひとしきり騒いでから、皐月に目を向ける。
「でも、皐月がいるからなあ」
陽介は時々そんな風に注目を浴びるが、決まって最後はその台詞で終わる。皐月は、笑って言った。
「そんなんじゃないわよ」
「だって、宇津木君が名前で呼び合う女子なんて、皐月だけだもん」
「宇津木君、誰にでも優しいけど皐月ちゃんには特にだよね」
陽介の幼なじみである皐月は、今でも仲が良くてよくこんな風に言われる。それは、陽介の性格もあるだろうが、皐月がわざとそう振る舞っていることも無関係ではなかった。
ちなみに、当の陽介は全くそんなことには気づいていない。
「小学校からのただの腐れ縁よ」
一応そんな風に言ってみるが、皐月としてはそのままでいる気はなかった。
「なら、私狙っちゃおうかな」
あながち冗談ではない目で、女生徒の一人が言った。
「いいんじゃない? がんばってみれば」
「余裕ですね、奥さん」
隣からこっそりと百瀬が囁いた。
「とれるものならとってみれば、って聞こえましたよ」
「そんなつもりないわよ」
「とか言って、絶対あっちにはなびかないって自信があるんでしょ」
「……ある程度は。だって、あの唐変木の一番近いところにいるために、どれだけ私が努力していると思ってるのよ」
ぷう、と皐月が頬を膨らませる。百瀬はそれを見て笑った。
「そうよね。宇津木君もそういうところわかってくれればいいのに、ホント鈍感なんだから。しかも、ああいうことさらっとやっちゃうからなー」
他の男子がやったら、女生徒をおぶって保健室に連れていくなんてひやかされて大変だろう。けれど陽介なら誰もそんなことは言わない。怪我した人を心から心配していることを知っているからだ。
「でも、とりあえず宇津木君が名前で呼ぶのは皐月だけだし、彼の相方は皐月だって周知されてるんだから」
ばん、と百瀬に肩を叩かれた皐月は、眉をひそめて複雑そうな声で言った。
「名前で呼び合うのは、今は私だけじゃないけどね」
は、と百瀬は何かに思い当たって口を閉ざした。
その時、チャイムが鳴って数学教師の大谷が教室に入ってきた。皐月は陽介の伝言を伝えるべく百瀬から離れた。
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