第6話 爆心地にて⑥

ツヴァイの喉から、獣の咆哮のような声が絞り出される。

しかし必死に振り上げたその腕は、砂を掴むだけに終わった。


「んで、そいつどうすんの? 殺さないんなら詠唱できないように喉潰しとく? それとも歯ァ全部抜いとくか?」

「悪趣味だなぁマオ、僕がそんな酷いことする訳ないじゃぁん」

「……この前やってたのは誰だよ」

「えー、誰ぇ?」


本当に忘れているのか、シトは首を傾げている。

マオは呆れて言葉も出ないといった様子だ。


「野蛮な奴がいるんだねぇ、まあいいや……目、片方ちょうだい?」


シトは先ほど口に突っ込んでいた指でツヴァイの頬をすうっと撫で上げ、そのままおもむろに左の眼球を抉り出した。


「あ……?……ぎゃああぁああ!!」

「んふふ、緑色だ、キレイ」


シトは悲鳴を上げるツヴァイには構わず、抉り出した眼球を満足そうに眺めると、そのまま葡萄でも食べるかのようにぽいと口に放り込んだ。

片頬をリスのように膨らませ、口の端から視神経が垂れている。

そして次の瞬間、ぶちんと嫌な音がして、ツヴァイの眼球は噛み潰され、飲み込まれた。


「わぉ、今日一おいしかった」

「確かバカと無感情な奴がマズいんだったか?」

「そうだよ」

「よかったなー、お前バカじゃないってよ」


マオが気のない声で言う。

血が溢れる眼窩を片手で押さえ、ツヴァイは歯を食い縛って痛みに耐えている。


「考えて考えて、泣いたり怒ったりしてきた人間がおいしいよ。でもさぁ、もったいないよね。マズくたってたくさん食べれば魔力は回復するんだから」

「俺はマズい血は飲みたくねーけどな。聖職者とか、治癒魔法が使える奴の血しか飲まねー」

「信仰心を棄損して魔力を得てるんだよね、たぶん……マオはワガママだからなぁ」

「俺はお前と違ってグルメなの!」


二人は痛みに悶えるツヴァイを差し置いて騒ぎ始めてしまい、ツヴァイはその間ただ地面に転がされていた。

そのうちやっとシトはツヴァイのことを思い出したのか、ツヴァイのすぐ横に膝をついて話し始める。


「そうそう、ただ目が食べたかった訳じゃないんだった。目の入ってたとこにいいモノあげようと思って」


そう言って取り出したのは、美しい青色をした小鳥の卵だった。


「何それ。この前食べてたやつ?」

「うん、殻の中に入ってるのは雛じゃなくて、僕の魔力ね」


シトはツヴァイの腹の上に馬乗りになる。

そして青色の卵を指先で摘むと、ツヴァイの空っぽの眼窩に押し込みながら詠唱を始めた。

傷を圧迫されたツヴァイが痛みにもがくが、シトは造作もなく片手で抑え込み、詠唱を続ける。

そして最後に、微かに紅潮した頬を緩ませ、締めくくった。


「受け取ってね、僕の『帰巣本能』【ご加護】


卵から青く細い糸が無数に伸び、ツヴァイの頭に根を張るように皮膚の下へと潜っていく。

ツヴァイは断末魔のような叫び声を上げ、気絶してしまった。


「キッショ……どうなんの? そいつ」

「まず自害できなくなる。それからなんとなく、僕の居場所が分かるようになる」


それを聞いて、マオは顔をしかめた。


「うっわ、何刺客作ってんの……お前、魔法暴走させたの反省してねーだろ」

「それは反省してるって。ただちょっとお気に入りの人間にはまた会いたいなってだけ」

「面倒くせぇ奴……」


マオはぼやいても、嬉しそうなシトの邪魔をするつもりはないらしかった。

もうそれからは横たわるツヴァイに一瞥もせず、翅を羽ばたかせて空中へ浮き上がる。

シトも静かに翼を広げて、マオを追った。


「またね、ツヴァイさん。あーあ、複雑な魔法使ったらお腹すいた」

「余計なことしてるからだろ……」

「いいじゃん、ちょっとその辺の人間さらって帰ろ」

「絶対家の中で食うなよ」

「わかってるってぇ」


底抜けに上機嫌なシトの隣で、マオも心なしか声色が明るい。

滲み始めた宵闇を背景に、ふたつの影が並んで飛ぶ。

眩しい夕陽が沈み、塵と化した亡骸たちを夜の帳が覆い隠した。


『爆心地にて』終

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