EP6 不安

 汐織との初陣を終え、透やおとはとも一段落がついた千紗都は急いで自宅へと帰った。

 時刻は四時を過ぎており、徐々に外が明るくなっていたことからのんびり帰るとちはやが起きてしまう可能性があったからである。


「ちはやちゃんまだ寝てるといいのだけど…」


 少しの不安と焦りが千紗都の歩幅を狭くしていた。

 自宅の玄関前に到着するとブレスレットの小さなボタンを押して変身を解いた。

 ちはやが起きないように静かに扉を開けて中の様子を伺う。

 足音をたてないよう、ゆっくりと二階にある自室へと向かい扉を静かに開けた。

 恐る恐る部屋の中を見た千紗都はベッドの上で寝ているちはやを見つけると今までの緊張感から解放された。


(よかった…起きてなかった…)


 安心した千紗都は小さくため息をこぼした。再び、静かに布団の中へと入った千紗都は気持ちよく寝ているちはやを見ながら魔法少女になった自分のことについて考え始めた。


(このまま本当にちはやちゃんに言わないでいいのかな…隠し通せる自信がない…な。)


 だが汐織が言っていた『一般人を巻き込む可能性』を考えると、やはりちはやに告白することはリスク以外の何物でもないと考えざるを得なかった。大切な親友を巻き込んでしまい、最悪のケースとしてちはやが口封じで殺されてしまったら…もう千紗都は二度と立ち直ることはできない。


(ごめんね…ちはやちゃん…)


 初めて親友に隠し事をしたかもしれない。と千紗都は考えているとちはやが少しずつ目を開いた。

 起こしてしまったと思った千紗都は小さな声でちはやの顔まで近づいた。


「ごめんね、起こしちゃった?」


 少し寝ぼけた声でちはやは「ううん」と答える。握っていたはずの手に何もなかったことに気づいたちはやは寂しくなったのか千紗都の手を握った。


「千紗都、何処に行ってたの?」


 今すぐにでも寝てしまいそうな声でちはやは問いかける。ゆっくりと瞼が落ちていく。


「ちょっと眠れなくてね、近くを散歩してたの」


 咄嗟に千紗都は嘘をついた。

 魔法少女になってモンスターを倒してたなんて言えないし信じてもらえるかも定かでもない。なにより咄嗟に嘘をついた最大の理由として巻き込めないからだった。


「こんな時間に出歩いてたら危ないよ」


 一時間以上前にまさしく危険なことをしていたなんて言えなかった。

 誰よりも千紗都を見ていて心配してくれるのは紛れもなくちはやだと知っていたから。

 初めてついた嘘に千紗都は心が苦しくなる。


「そうだよね、心配させてごめんね」


 いつ起きたのかはわからないが千紗都がいないことを知っていたことに気づいたと悟った千紗都の心境はとても複雑だった。


「千紗都は可愛いから誘拐されちゃうよ」


 いつものように冗談交じりに言ったちはやは、やがてもう一度眠りについた。


(ごめんね…ちはやちゃん。でも、巻き込みたくないからお母さんとお父さんを殺したあの悪魔を見つけるまではどうか…気づかないで)


 瞳を閉じて静かに眠るちはやを見つめて千紗都は懇願した。

 これから始めようとしていることは復讐でしかなく、ゲームクリアの報酬である願い事を叶えて両親を生き返らせるために命懸けで魔法少女として戦うのは自分のわがままだと千紗都は理解していたからリスクを犯してでもちはやを巻き込むことはできなかった。


(私がいなくなったらちはやちゃんは…泣いちゃうよね…私がちはやちゃんを失ったら…)


 想像しただけで涙が出てしまった。自分の人生にいつも色を付けてくれた存在が、ある日突然いなくなるなんて考えたくもない。当たり前だった日常を壊されるなんてもう二度と味わいたくないと千紗都は心から願った。


「大丈夫だよ、私はここにいるよ」


 眠ったはずのちはやは再び、ゆっくりと目を開けて千紗都の手を少し強く握った。


「ちはやちゃん…」


 ちはやの一言で安心した千紗都は未だ零れる涙を流したまま眠ってしまった。

 千紗都が寝たことを確認したちはやは優しく微笑んで、手ではなく体を抱きしめて目を閉じた。

 それは太陽のように暖かく、優しく心を撫でるように。


 ──────


 カーテンの隙間から差し込んだ日差しで千紗都が目を覚ますと、ベッドの上にはちはやがいなかった。

 少し寝ぼけていた千紗都は近くにある時計を見ると針は11時を示していた。


「お昼…?」


 遅い時間に帰宅して初陣を終えたヘトヘトの体を癒すと考えたら妥当な時間帯だった。


「いつもだとお母さんが起こしに…」


 しかし、もういないことを思い出した千紗都は、自分の家にいるのに誰もいないことに気づいてしまい悲しくなってしまった。

 この家の中にはもう自分しかいない。絶望と悲しみと寂しさ、あらゆる感情が心を支配されてしまった千紗都の頬には一粒の涙がこぼれ落ちていた。

 ベッドから降りた千紗都は机の上にある家族三人の写真を見つめていた。

 かなり最近の写真で、庭でバーベキューをした時のものだった。

 楽しそうに千紗都と父がピースをしており、それを見ている母が笑っている『幸せ』を象徴したかのような一枚に例えようのない言葉が千紗都の心を締め付ける。


 二滴目の涙が頬を伝って床に落ちると、勢いよく扉が開いた。


「おっはよー千紗都!」


 パジャマから私服に着替えていたちはやだった。


「ってあれ?起きてたの?」


 自分が泣いていたことに気づかれると心配かけてしまうと思った千紗都は反射的に涙を袖で拭った。


「さっき起きたところ」


 微笑んでちはやの問いに答えた。


 腫れた目を見たちはやは、千紗都の心境を察していたが気づかないフリをしていつものように振舞った。


「お腹すいたでしょ?近くのファミレスに行かない?」


 ちはやの視線は机の上にある写真を一瞬だけ向けた。


「うん、すぐ着替えるからちょっと待ってね」


 千紗都は背中を向けてクローゼットに手を伸ばすと、優しく話しかけていたちはやの表情が少し曇るように千紗都のことを見ていた。


「じゃあ、下で待ってるから」


 ちはやは部屋を出て、階段を降りる足音が聞こえた千紗都は服を選んでいた手を少し止めた。


「すぐ行くからね…」




 着替えた千紗都はリビングでスマホをいじっているちはやに声をかけて、二人はファミレスへと向かった。

 玄関の扉を開けると、やや眩しくて寝起きの千紗都には少し強く感じた。

「日傘いる?」とちはやが尋ねると「大丈夫だよ」と千紗都が応えているうちに目が慣れていった。

 特に変わった事もなくファミレスに到着した二人は店員に案内された席に座ってメニューパネルを眺めていた。


「この前、このパスタ食べたんだけど美味しかったよ。この期間限定のやつ」


 ちはやはパネルに指を差した。


「ペペロンチーノ?確かにありそうでなかったよね。美味しそう」


 イメージ写真を見た千紗都の反応はかなり良かった。


「私はどうしようかな〜ピザとハンバーグセットと…」


「ちはやちゃん食べ過ぎだよ〜ふふっ」


 元気がなかった千紗都がようやく笑ったことを確認したちはやは一瞬だけ安心したように優しい目になった。

 こうやって傍から見ると、休日に女子中学生が食事に来ている仲睦まじい光景。

 昼時のファミレスは混雑しており、どんどんお客さんが来店するためとても賑やかだった。

 二人の会話もその音に混ざっており、千紗都の望みであった「日常」が戻ってきたのだと感じられる時間だった。



 食事を終えた二人は店を出るとちはやが口を開けた。


「このあと、どうしよっか。どこか見に行く?服とか小物とか」


 あまりオシャレに興味の無さそうちはやからの提案だったため千紗都は少し驚いた表情をしていた。


「なーに、私だって女の子だよ?」


 千紗都の反応に気づいたちはやはすぐさまに少し恥ずかしそうにツッコミを入れる。


「ちはやちゃんは、オシャレさんなんだね」


 千紗都の中でのちはやのイメージは『女子』をしていることがなかったためギャップ萌えしていた。

 思い返してると昨日持ってきたパジャマもかなり可愛かったかも…と千紗都は少し考えて本当に興味あるのかもと納得していた。


「誘ってくれてありがとう。でも私まだお休みしてる間に出ていた宿題やってないから今日はもう帰ろ?」


 入院により休んでいた千紗都は明日から登校を再開するため、入院前に受け取っていた宿題を終えていなかったことを思い出した。


「明日から学校行くの?」


 事件からまだ数日。平然を装っているが、心の奥底はまだ癒えていないはずだと心配そうにちはやは見つめていた。


「うん。もう大丈夫だし勉強遅れちゃうと大変だから」


「千紗都のところは進学校だもんね。大変そ〜私には無理だわ」


 千紗都とちはやは別の中学校へ通っており、千紗都は勉学。ちはやは運動で選んでいた。


「私は運動苦手だから、ちはやちゃんの方がすごいよ!」


 素直に褒めてくれる千紗都にどこか照れくさそうに返答する。


「へへっ!でも私、ここのところ部活に行ってないからほとんど幽霊部員かも」


 気まぐれな性格でもあったため千紗都は特に気にすることはなかったが、スポーツで入学したのに大丈夫なのかと少し心配していた。


「ちはやちゃん弓道部だよね、二年生なのに大丈夫なの?」


 千紗都の問いかけをきっかけに自宅に向けて歩き始めた。


「まぁ元々、全国トップレベルの学校だし私がいなくても結果は同じだと思うよ。三年生の先輩たちの方が全然すごいし」


 千紗都の中学校にも部活はもちろんあるが、運動の苦手な千紗都は運動部に所属していないため「そういうものなんだね」と深堀することはなかった。

 やがて自宅に戻った二人は、ちはやの家の前で解散した。


「じゃあ、また明日ね。あっ夜ご飯うちにくる?」


 玄関前の扉を開けようとしたちはやは思い出したかのように問いかける。


「ううん、冷蔵庫にあるもので何か作って食べるから大丈夫だよ…ってちはやちゃんのお母さんに言ってね」


 おそらく食事を気にかけているのはちはやの母だろうと思った千紗都は付け加えるようにお願いした。


「うん、ママにも言っておくね」


 もう一度ちはやが「じゃあね」と言うと千紗都も「うん、また明日」と微笑みながら手を振った。

 ちはやが家の中に入るのを見届けた千紗都は、自分の家に帰っていく。

 その姿をちはやは扉を少し開けて覗いていた。



「なにか、隠してる」


 ちはやは小さく呟いてまた、表情を曇らせていた。

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