異界の編集は、世の中と隣り合わせ

櫛田こころ

第1話 その兆しは決まっていた

 一昔前なら、信じられないとされていたもの。


 呪術師、外法師、陰陽師といった似非の術師たちは人々を騙しては金を巻き取る。漫画や小説なんかのアクションなどは絵空事。そんな詐欺だ、犯罪だとなじられていたこともあった。


 平安の世に、活躍したのもごく一部。そんな彼らの生まれ変わりなどと言い出しても、結局は使い物にならないと世間は知らんぷり。


 各地の地震などの天変地異で、どれだけ日本以外にも世界が崩壊していく様を彼らは宣告することもなかったではないかと。



「なら、この天啓は嘘と申すか?」



 ある晩警視庁の前に、それはいきなり現れた。


 どこをどう見ても黒尽くめでペテン師かと思うような服装の男から女かもわからない存在。そんな足元には、対極的にふわふわの白い狐のぬいぐるみを落とさないように抱き抱えた子供がいた。


 親子に見えそうなその立ち振る舞い、黒い方はどこから出したのか手には一枚のカード。占いのタロットとかではなく……玩具に多いタイプのそれ。今時専門店でも扱うが、出てきたのはコンビニでも買える安めのもの。


 どこぞで適当に買って取り出したにしてはおかしな持ち方。


 少し上に掲げるように持ち上げ、カードの中から出てきたのは絵柄とは違う何か。映像かと思いきや、対応していた守衛クラスの警備が持っていた警棒をするりと抜き取った。


 横に、何かのアニメかゲームのキャラクターで見たかのような男が。ニヤリと笑いながら抜き取った警棒をクルクルと回している。質感があるのか、吐く息の音すら耳に届いてきた。



「ば……け!?」



 思わず叫ぼうとしたが、反対から出てきた何かに口を閉じてしまう。これまた、ゲームか何かで見るかのような大きな剣なのに……玩具どころか冷たい金属の冷気が、軽く表面が当たっただけで伝わる。



「……叫ぶな。あいつのめいがあれば殺す」

「やめとき、倶利伽羅江。今の時勢面倒や。あんさんが顕現してまでする価値はない」

「止めとけばいいのか?」

「おん」

「あっははは。倶利伽羅の江は義理堅くていいじゃん?」



 警棒を奪った方は、今度はケラケラ笑い出す。しかも、口を聞けるとか意味がわからない。こいつらは何者か。アニメ制作の実写版の現場許可など、自分は聞いてない。もう一人の警備はと目線で探せば……そちらは何故か大きな狐によって地面に倒されていた。鋭い爪のせいで、口を開くことを止められていたが。



「まあ? 警備のあんちゃん頼んでこの状況。朱里じゅりの御披露目ついでやし……来るんとちゃう? 兄やん?」



 誰が、と守衛らはわからないでいると。後方にある自動ドアが開く音が聞こえてくる。奇天烈な格好の男らは特に後ろを向かずに守衛を捕縛したままだった。



「……来たのか」



 守衛よりも若い男性の声。おそらく二十後半か。警部クラスだとしたら助かる。ここから解放してもらえると思ったものの、それらしい言葉は投げられなかった。


 逆に、黒尽くめの方が笑い出していた。



「あっはっは! よーやくおいでなすった! 朱里のために来たんに? 遅すぎへん?」

「無茶言うな! お前らが来るのは『いつかの刻』とやらだろが!!」

「せやで? 朱里の出番が来たんや……何千年もかけて、この場のために」



 意味がわからない会話をする両者。その間に立たされる守衛らはただの外野。剣と狐は嘘幻でないのなら、この目の前のは現実。部外者の自分たちの前で取り行われているのは、映画でも何でもない。


 なら、なんだと口を動かしたくても遮られている武器のせいで出来なかった。



「なら……その女の子が、『兆し』なのか?」



 警部か刑事かわからないが、話の出来る彼が黒尽くめに聞くと。傍らの少女はいつのまにかぬいぐるみを抱えていないのに、守衛は気づいた。では、横の狐みたいな猛獣は彼女が仕掛けたものなのか。


 少女はこちらの問いかけに答えるのか、赤い奇妙な服のまま前に出てきた。



「……私を使う時がきた。陰陽いんようことわりの兆しが確かなら……我が身を使うことで、相対の戦いが起こる」



 小学生程度の子供なのに、大人の女性か男性のような声を出していた。彼女もまた人間じゃない何かかと思いかけたが、こちら側の回答が出される。



「兆しの依代よりしろ。使うは数多……か。メールで受け取った通りだな」

「せや。俺はあくまで使い。朱里のための導きや」

「なら……こちらは何をすればいいんだ」

「なーんも? 自分らで気をつけ」

「おい!」

「兆しの報せに気づいただけで上等。俺は朱里が来たい言うから来ただけや。そっちももうええで」

「はーいはい」



 警棒を奪った男の声と同時に、守衛らの拘束も解かれた。さらに言うなら、元通りに立たされていたのが不思議だ。そして今気付いたが、受け答えをしていた男はなんと若手ながら有名な警部の兵部ひょうぶ。慌てて守衛らは端に控えるが、本人は気にしていなかった。


 向こうは向こうで、黒尽くめの方がカードをゆらゆらさせていた。少女はぬいぐるみをまた抱えているも、二人の男たちはどこにもいない。



「兆しの報せ、わかってればええ。俺らは使うまで」

「……凶兆なのか」

「あんさんらにはなあ? こっちはあくまで御披露目やし」

「答えてくれ! 日本は……世界は崩壊するのか!?」

「さあ?」



 とんでもない会話をするのに映画でもバラエティ番組の撮影現場でないのが信じられない。目で追っていても守衛らは口を挟めないでいる。向こうを見ても、少女はただ首を横に振る。


 黒尽くめのおそらく男は、カードをどこかに仕舞っていたが。



「……私を使う時は、吉兆か凶兆かは世が定めるのみ」

「てことや。ほなな」



 黒尽くめの布をふわりと動かすと、手品のように姿が掻き消えてしまった。その後に、濁流の如く大雨が降り出した。予報はただ曇りだったはずが、まるでこれも映画のワンシーンのように。


 守衛はどうしていいか、互いの顔を見合わせていると。赤い数珠が目の前に来たかと思えば、兵部がそれを右手に絡めていたのだった。



「眠れ、忘れろ。その日まで」



 その言葉を聞いたあと、二人はただ雨の中守衛の仕事をしていただけだった。先程までの記憶などはただの偽物と思わされて。

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