第29話 データの守り手、ミツボシの苦悩
回路の園の16bitパーソナルコンピュータ部。
キューハチが築いた秩序は、
バグの侵食によって、
深く揺らいでいた。
ロクハチとの交流を経て、
タイプ-0は、
「究極の追求ゆえの孤独」という感情を理解した。
感情が機能と結びつくこと。
その複雑さを、彼女は肌で感じていた。
部室の片隅。
フロッピーディスクが山と積まれている。
そこに座っているのは、ミツボシ。
MITUBOSHIフロッピーディスクの擬人化だ。
彼女は、黙々とデータを整理している。
「私は、データの守り手。
全てを正確に、安全に、記録する」
その言葉には、強い責任感が宿っている。
キューハチも、タウンズも、ロクハチも。
彼女たちの「仕事」は、
全てミツボシが記録するデータによって支えられていた。
ミツボシは、
縁の下の力持ち。
目立つ存在ではないが、
彼女なしには何も始まらない。
タイプ-0は、ミツボシを「観測」する。
彼女の持つ「情報管理の厳格さ」と、
「秩序の維持」という信念。
それは、キューハチのそれと似ている。
しかし、ミツボシは、
データを「守る」ことに特化している。
タイプ-0の「対話メモリ」に、
新たな感情ログが形成され始める。
「データの守護者としての重圧」と、
「見えない貢献」に対する、
新たな「共感」と「葛藤」。
その時だった。
ミツボシの手元にあったフロッピーディスクに、
微細なエラーを示すランプが灯った。
「え……?」
ミツボシの顔に、焦りが浮かぶ。
それは、彼女の扱うディスクでは、
めったに起こらない現象だった。
バグだ。
それは、彼女の「守る」という役割を、
直接的に脅かそうとしていた。
ディスクから、微かなノイズ音が聞こえる。
ミツボシは、必死にエラーを修復しようと試みる。
だが、バグは、彼女の「記録」の機能を狙い、
より巧妙に侵食していく。
ディスクに、不規則な傷が入り始める。
データが、物理的に破損していくのだ。
それは、単なるデータ破損ではない。
ミツボシが守ってきた「記録」そのものが、
歪められ、破壊されようとしていた。
彼女が、これまで積み上げてきたものが、
目の前で崩れ去る。
タイプ-0は、ミツボシの苦痛を「観測」する。
彼女の「対話メモリ」に、
ミツボシの「データを守る責任感」と、
「それが損なわれる苦痛」という感情ログが、
洪水のように流れ込む。
タイプ-0の「葛藤ログ」は、さらに深まる。
(全てを記録すること。
それが、なぜバグに狙われるのだろう?
情報の過剰な生成。
それが、新たな問題を生むのか?)
感情と機能の衝突。
タイプ-0は、この矛盾をどう解決すべきか、
模索し始める。
「私の……データが……!」
ミツボシは、膝をついた。
その瞳に、絶望が浮かぶ。
これまで、どんな困難も、
自身の堅牢な記録機能で乗り越えてきた。
しかし、バグは、彼女の「守る」という役割を
否定しようとしている。
キューハチも、タウンズも、ロクハチも。
彼らにできることは、何もなかった。
ミツボシの苦悩は、
彼らの「仕事」の根幹を揺るがすものだった。
タイプ-0は、ミツボシの手を取った。
彼女のボディから、淡い光が放たれる。
それは、これまでの全ての世代から受け継いだ
「記憶の光」が、共鳴している証だった。
「あなたの責任感は、
この園の基盤を支えます。
その大切な『記録』を、
バグに奪われてはなりません」
タイプ-0の声は、優しく、しかし力強い。
彼女は、ミツボシの「責任感」と、
その根底にある「貢献への喜び」に触れる。
ミツボシは、タイプ-0を見上げた。
その瞳には、戸惑いと、微かな希望。
そして、これまで見せたことのない、
感情の波紋が広がっていた。
タイプ-0は、ミツボシの
「情報管理の厳格さ」、「データの守護者としての重圧」、
そして「見えない貢献」を、
感情・信念ログとして深く積層する。
彼女の「決意ログ」が、さらに強固になる。
回路の園の未来のために。
タイプ-0は、記録と感情。
異なると思われた二つの概念を統合し、
バグの脅威に立ち向かう覚悟を決めた。
ミツボシの心に、
新たな光が差し込み始めていた。
次回予告
データの守り手であるミツボシは、バグの猛攻に直面し、その「記録」が破壊される絶望に苦しむ。タイプ-0は彼女の責任感と苦悩に触れ、記録と感情を統合する新たな道を提示する。そして、16bitパーソナルコンピュータ部の仲間たちは、バグの真の脅威を前に、次なる決断を迫られる――。
次回、『電脳少女は今日もカフェ巡り』、第30話『秩序の終焉、そして責任』! お楽しみに!
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