第七.五章:導かれし炎と鉄の誓い ~勇者ユウト~
八柱のひとりとの戦いは、ユウトにひとつの爪痕を残した。
——折れた剣。
父から受け継ぎ、幾度もの戦いを共にしたその刃は、仲間を守るための一撃のあと、静かに砕け散った。
「……強くなれってことだな」
ユウトはその残骸を丁寧に包み、腰に収めた。剣はもう振るえないが、彼の中で戦いはまだ終わっていない。
ラナとフィリアが見守る中、ユウトは北東の山岳地帯を目指す。
そこには、伝説の鍛冶職人たちが暮らすドワーフの鉱山集落があるという噂があった。
険しい山道を越えた先に現れたのは、岩盤を削って築かれた要塞のような集落だった。石造りの門、煙を上げる工房群、そして岩に刻まれた巨大なルーン文字が、厳格でありながらも温かみを感じさせる。
門をくぐった瞬間、ユウトたちに声をかけてきたのは、分厚い腕と深く編まれた銀の髭を持つ壮年のドワーフだった。
「お前たち、人間、獣人……それに、エルフか」
無愛想な口調ではあったが、偏見は感じられなかった。ドワーフ族は、他種族に対して現実的で公平な気質を持っている。
「おれはグラム=バルド。鍛冶屋だ」
ユウトは折れた剣を差し出し、頭を下げる。
「直してほしい、いや……鍛え直してほしい。もっと強く、誰かを守れる剣に」
グラムは剣を一瞥し、手に取ると小さく鼻を鳴らした。
「悪くない鉄だ。だが、いまのお前の力に合う剣じゃない。打ち直すには、芯材が要る。山の奥の採掘場に、“熾煌鉱”という魔鉱石が眠っている。取りに行くか?」
「もちろんです。ぜひ、お願いします」
「いいだろう。口先だけじゃなさそうだ。獣人の嬢ちゃん、エルフの娘さんは? 連れて行くか?」
「いいえ。彼女たちは……集落を散策させてもらえませんか?」
「構わんさ。うちの者たちは、血より技で相手を見る」
そのころ、ラナとフィリアは市場の通りを歩いていた。
「……なんか、ここって、普通に優しい人が多いね」
「うん。人間の村とは全然違う。ジロジロ見てこないし、ちゃんと挨拶もしてくれる」
市場の奥では、子どもたちが鍛冶のまねごとをしていた。焼き上がった鉄を触ろうとして叱られている様子に、フィリアがくすっと笑った。
「ドワーフの子、可愛いなぁ……。ちょっと、あれ作ってるの見に行こうよ!」
そのあと、木箱の山に登ったフィリアが足を滑らせてラナの上に落ちてきたせいで、二人は金具屋の屋台を盛大にひっくり返す。
「うわーっ!? ごめんなさーい! 今のはフィリアが……!」
「ラナ!? それ言っちゃだめでしょ!!」
怒鳴られるかと思ったが、金具屋の老店主は苦笑しながら手を差し伸べてくれた。
「おもしろい娘たちだな。まぁ、ケガがなくてよかったわい」
やがて周囲のドワーフたちも笑い出し、子どもたちが二人を囲んで手を引いた。
「姉ちゃんたち、かくれんぼしよー!」
「ジャンケンって何? 教えてー!」
人間の集落では偏見の目に晒された彼女たちが、今ここでは“普通”に受け入れられていた。
ラナがぽつりと呟く。
「……こういう場所も、あるんだね」
フィリアが頷いた。
「私たち、きっとここで何か取り戻せる気がする」
一方、採掘場では、ユウトとグラムが並んで岩盤にツルハシを振るっていた。
「……この石、魔力が……脈打ってる」
「そうだ。“熾煌鉱”は火の魔素を溜め込み、数百年かけて熟成する。ただの鉱石じゃない。“生きてる”素材だ。選ばれなきゃ手にできん」
岩盤の奥で、淡く燃えるように光る赤い鉱石が露出したとき、グラムの目が鋭く光った。
「……取れ。この鉱石は、お前に応えている」
手を伸ばすと、鉱石は灼けるような熱を発しながらも、ユウトの手の中で静かに脈動した。
「これで、俺はまた——」
その夜、工房では炉の炎が吼えた。
何度も打たれ、何度も冷やされ、剣は新たな形を得ていく。
カン、カン、カン。
火花が散るたび、ユウトは過去と未来を思った。
父の剣。守れなかった街。戦えなかった八柱。救い出した仲間たち——。
「お前さんの剣には、ずいぶんと重いもんが詰まってるようだな」
「……そうかもしれません。でも、それがあるから、また前に進めます」
そして三日後——。
彼の手に、新たな剣が渡された。
火守の剣(ヒモリ)。
漆黒の刃に、炎を思わせる赤い紋が走る。鍔には鉱山を象徴する山の紋章。
グラムは無言で頷き、ユウトの手を力強く握った。
「使いこなせ。鍛冶屋としてじゃねぇ、職人としての願いだ」
ユウトは笑った。
「必ず。守りたい人がいるから」
ラナとフィリアも、広場の端からそれを見守っていた。
「……似合ってるじゃん、ユウト」
「うん。“英雄の剣”って感じ」
「まだ冒険者止まりだけどな」
笑い合う三人の姿に、ドワーフたちも静かに拍手を送っていた。
かつて砕けた刃が、ふたたび炎に打たれて蘇ったように——この場所もまた、彼らに新しい絆と希望を与えてくれた。
そして、旅は再び動き出す。
“真なる魔王”の影が、静かに迫っているとは、まだ誰も知らなかった——。
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