第32話 もう地味女なんかじゃない!

 長い時間、三人で色々話して。

 わたしたちがアンディ兄様のお墓参りに行くのは、テレンス様の卒業式を終えた後にすることにした。

 その間にいろいろと準備も必要だから。

 まず準備のひとつ目。

 テレンス様に、ジャクソン伯爵家とフィッツロイ伯爵家の両方に宛てて、事前に手紙を書いてもらう。

 ジャクソン伯爵家への手紙の内容は、ざっくりとこんな感じ。

「申し訳ないが、魔法学校の卒業後は、ブライトウェル魔法王国で魔法の治療院を開くことになった。だから、ジャクソン伯爵家はリチャードに継いでもらいたい。約束を破ってしまってもうしわけないが、やはり、私は領地経営よりも、病人や怪我人を治療する人生を送りたい。アンディを助けられなかった分、苦しんでいる人たちを助けたいんだ。卒業後は、まずニーナと共にフィッツロイ伯爵家に赴き、アンディの墓参りだけをして、またブライトウェル魔法王国に戻るつもりだ。約束を破ってしまって申し訳ないので、父上や母上には会わせる顔がない。私のことはジャクソン伯爵家から除籍してもらって構わない。それから、魔法学校に通うためにかかった費用はいつか全額返すので、わがままを許してほしい」

 わざと、わたしと共に、という一文を、さりげなーく、入れた。

 引っかかるかどうかはわからないけど。わたしと一緒にアンディ兄様のお墓参りにフィッツロイ伯爵家に行って、そのままブライトウェル魔法王国に戻るのなら。

 ……ジャクソン伯爵夫妻とリチャード様は、フィッツロイ伯爵家でわたしたちを待ち受けてくれるよね。

 まあ、来ないなら来ないでいいんだけど。

 どうせなら、フェードアウトするよりも、きちんと縁を切っておきたい。

 ジャクソン伯爵家に行って、リチャード様と縁を切って、そのあと、フィッツロイ伯爵家に行って、お父様とお母様と対峙する……のは二度手間だから。どうせなら一度で済ませたいしね。

 それから、わたしのお父様とお母様への手紙のほうはと言えば。

「ご無沙汰しております、フィッツロイ伯爵夫妻。元々はアンディの助けになればという気持ちでブライトウェル魔法王国に留学をしておりましたが、残念ながら、その願いは叶えることが出ませんでした。代わりにというわけではないですが、私はアンディのように病に苦しむ人を助ける道に進みたい。そう思って、ブライトウェル魔法王国にて治療院の仕事に就くことにいたしました。卒業して仕事を始める前に、一度、アンディへの報告として、墓参りをさせていただきたいのです。卒業式を終えた後、一度ニーナと共に、フィッツロイ伯爵家にお伺いをさせていただきたい。よろしくお願いいたします」

 こんな感じで、卒業式の一週間前あたりに着くように、テレンス様に手紙を書いてもらって、それを郵送する予定。

 あまり早く手紙が着いても、テレンス様のお父様やお母様にブライトウェル魔法王国までこられてしまうかもしれないし。

 このタイミングなら、ブライトウェル魔法王国に来るよりも、フィッツロイ伯爵領でテレンス様を待ち構えているほうがいいと思うだろうし。

 それまでの間にやることは山積み……というわけじゃないけど、いろいろある。

 テレンス様が同級生と開業する治療院。

 この開業準備のお手伝いね。

 Aクラスの数名と一緒に開業するという予定なのだけど、予算的に厳しいというか、予算内に収めるなら、大通りに面した店ではなくて、人通りからかなり離れた場所での開業となってしまうということで……。

 それじゃあ、いざ開業してもお店はうまく軌道に乗らないかもしれない。

 で、アンディ兄様……じゃなくて、リアム様が援助を申し出たの。

「資金は支援する。だけど、ただ貸すだけだとテレンスは断るだろ? だから、資金提供する代わりに、君たちがこの魔法学校で学んでいた知識……治癒系統の魔法をボクに教えてほしいんだ」

 リアム様……お金には困っていないらしいの。

 なんでも、この一年間でいくつか新しい魔法を開発して、それの報奨金をたくさんもらっているんだって。すごいって、感動したら。

「いやいや。マーガレット先輩には負ける。彼女、三年生の先輩たちの間では『賞金稼ぎ』って呼ばれているらしいよ」

 リアム様が、笑って教えてくれた。

 うーん。さすがマーガレット先輩。すごいわ。

 わたしなんて、この一年、課題をこなしたり、魔法書とかを読んだりするだけで精いっぱいだったものねえ。

 あ、でも、本はたくさん読んだし、魔法の腕もぐんぐん上がった!

 入学して最初にハイマン先生に渡された三冊の本。

 その中でも『物質の形状変化』は特に役に立ったわ。

 わたしの作る魔法のアゲハ蝶。もう自由自在に大きくしたり、小さくしたりできるようになったし、アゲハ蝶をカブトムシなんかに形を変えることもできるようになった。お花とかもね、結構きれいに作れるし。

 それから、アンディ兄様が課題としてハイマン先生に渡された本なんかも読んでみた。『解剖生理学』と『基礎病理学』はむずかしかったけど、『人体構造』は『物質の形状変化』と共に、読み比べつつ、何度も熟読をした。

 物質の構造をきちんと把握したうえで、その物質の形状変化をする。

 うん。わたしの魔法は、おおざっぱに言うと、これに尽きるのよね。

 構造を知らないでも、金色のキラキラを使えば、形状変化はできる。

 だけど、構造を知っていれば、金色のキラキラなしでも、このブライトウェル魔法学校で学んだ知識だけで、きちんと形状変化はできる。

 だから、人体だけじゃなく、植物とか動物とか昆虫とかいろいろなものの構造を、わたしはこの一年で学んだのよね。

 あ、話がずれたわ。

 で、ええと……、なんだったけ。

 そうそう、準備の話だった。

 卒業式の前まで、わたしはこの一年間に学んだ魔法の復習をするだけじゃなくて、マーガレット先輩たちに『ハゲろ』『モゲろ』『切れ痔』『いぼ痔』『水虫』『インキンタムシ』の魔法についても詳しく教えてもらった。

 その結果、わたし、自分でも『ハゲろ』『モゲろ』の魔法を習得してしまった……。あはははは。

 今後の人生、リチャード様みたいな嫌な奴に出会ったら、わたし、先輩たちに頼らなくても、『ハゲろ』『モゲろ』の魔法は使えてしまうのよ!

 ふふふふふ。

 さすがに『切れ痔』『いぼ痔』『水虫』『インキンタムシ』はまだ使えないけど、それからマーガレット先輩は卒業しちゃうから、スーザン先輩とカリナ先輩にいろいろ教わろうっと!

 教わったわけじゃないけど、ミュリエルの美容魔法の練習台にもなったの。

 おかげでわたし、お肌がしっとり滑らか! 

 髪も三つ編みばかりしていたから、変なクセがついていたのに……。おおおおお! 美しくも緩やかなウェーブが!

「ニーナの三つ編みもかわいいけどさ。サイドをゆるく編み込んだハーフアップとかも似合うと思うよ。耳の横のおくれ毛は、くるんとカールしてさ」

 ミュリエルに、髪だけじゃなくてお化粧も軽くしてもらった。

 それを鏡で見たら……うわわわあ。

 派手ではないけど、地味じゃない。

 普通にかわいいよ、わたし! 

 ふわあ……! 

 わたし、ぼーっと鏡の中の自分を見てしまった。

「ミュリエルすごい! わたし、地味女なんかじゃない‼」

 ミュリエルは「女の子はみーんな美人にしちゃうわよー」って意気揚々、鼻高々だ。

 うん、すごい。

「せっかくだから、服もかわいいのに着替えて。それで、男子みーんな悩殺しちゃえ☆」

 えーと、ミュリエル。さすがに悩殺は無理だと思うけど。

 だけど、かわいいって思ってほしいかな。うん、思ってほしいな。

 わたしはいつも、ブラウスにロングスカートにハーフブーツみたいな地味系の服装ばかりをしているんだけど。

 ミュリエルの服を借りて着てみた。

 ……ミュリエルの持っているワンピースは、どれもひらひらしているというか、袖や裾にレースがふんだんに使われていたり、少女らしさや可愛らしさを強調したスタイル。

 いつもシンプルな服しか着てこなかったわたしには、ちょっと気恥しいというか……。

 地味女がかわいい服を着ても……。

 あああああ、ちがーう!

 わたしはもう、地味女なんかじゃない!

 リチャード様の暴言に傷ついて、地味だからかわいい服なんて着ても、意味がないなんてずっと思いこんでいて。

 でも、そうじゃない。

 わたしは、あんな暴言男とは縁を切るんだ。

 だから、小さくなって、地味なままでなくてもいいんだ。

 ミュリエルは美容魔法のプロになるんだから、そのプロに助けてもらって、わたしに似合う、新しいわたしの服を選んでもらおう。

 わたし、地味女にはサヨナラする!

 ど派手に、というのは無理だけど、わたしらしい服を、模索していきたい。

 そうして、ミュリエルや先輩たちと、また街へ繰り出してお買い物。

 買ったのは、フリルディテールや胸元のボウタイが目を惹くフェミニンで透明感溢れる大人フェミニンなワンピース。

 それから袖にたっぷりのフリルをあしらったボレロと、トレンドのマーメイドワンピースの豪華なセットアイテムワンピース。

 フェミニンな感じで、どっちもすごく気に入った。

 着てみて、髪も整えて、お化粧もして。

 うん、鏡の中のわたしは、普通にかわいい女の子だ。

 地味なんかじゃない。

 嬉しい。

「すっごくかわいいよ、ニーナ。せっかくだから、誰かとデートでもしてきたら?」

 デート!

 ちょっとドキドキする単語ね!

 このときわたしはちょっと浮かれていた。

 だから、すると言ってしまったのだ。

「アンディ兄様……じゃなくて、リアム様とデート……」

 うん、そろそろ、恋人役として、お父様やお母様に、本当の恋人だと思ってもらえるように、練習しておいた方がいいわよね……。

 浮かれたままの頭で考えて、うっかり、リアム様という名を言葉に出してしまったら。ミュリエルの目がキラン! と、輝いた。

「ちょっとニーナ、リアム様って、誰! いつの間にイイヒト見つけたの⁉」

 う、うわあ……。ミュリエルの目が輝いているっ!

 ど、どどどどどうしよう!






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