その魔王、ヴィジュアル系につき

ぜろ

第1話

 神志那酉里こうじな・ゆうり、と言うのが現世で俺に与えられた名前だった。


 前世では異世界で魔王なんてやっていたが、現世はこの世界に生まれた。どういう関係なんだかは分からないが、多分平行世界と言うものなのだろう。パラレルワールド。理論は聞いたことがあるが、自分の住む世界しか知らない俺には机上の空論に思えていた。だが実際転生してみると、この世界は俺が――魔王ユリウスが支配していた世界とは全く違うことが分かる。

 魔法はない、世界共通語はない、ないないだらけできりがない。魔法は本性を晒せば使える程度だったが、こんな所で本性を晒すことなどできないだろう。巻角に黒い蝙蝠のような羽、化粧でもしたように青白い顔。時折部屋で戻ってみることはあったが、親の目が気になってゆっくりとはしていられなかった。唯一現世で俺と邂逅した元悪魔でハムスターのアマちゃん――アマネセルぐらいが、心許せる相手で。


 アマネセルはハムスターだが人語を解せたし、話すことも出来た。寿命の他のハムスターよりも長いらしく、もう五年飼っていると言うのにまだまだ元気だ。ふう、と暗い部屋で姿を晒すと、羽が壁にぶつかる。こつん、と音がして、力いっぱい広げられない。くくくっとアマちゃんはそれを笑って、ヒマワリの種を齧っていた。なんか美味いんすよ、とは言っていたが、俺もなんかカレーが美味いので、味覚の変化と言うものはあるのだろう。

 昔は人間ばかり食っていたものだが、と思えば、調理もせずよくあんな生肉食ってたもんだよな、と思う。また向こうに転生出来たらその時は人肉も煮込んでみよう。美味いかもしれない。ただ、血抜きは面倒そうだな。でかいし。子供の肉は固くていけないし。骨ばっているのだ。それはちょっと不味い。否、そもそも人間を食う気が残っているだろうか。人間として生きている俺には、共食いに思えてならないところもある。ちょっとだけ怖い昔の自分。我ながら矛盾している。


 現在の俺は高校生で、軽音部である。とは言えそう人数がいるわけじゃない、俺も併せてスリーピースのバンドだ。俺はヴォーカル兼副部長。部長兼ドラムスの久留生霧都くりゅう・きりととギター兼平部員の羽柴純怜はしば・すみれと男だらけの部である。しかも今年は新入部員が入らなかったので、来年も入らなかったら廃部だ。危機である。

 まあ俺達は俺達で学校外の活動の方が多い。緩い学校なのでバイトはOKなのだ。バイトと言えるのかどうなのか、俺達はとあるマイナーレーベルに所属しており、バンド活動はそっちの方が多いぐらいだ。学校でチケット宣伝するとすぐ売り切れるので、人気は、まあ驕って良い所だろう。


 Fairy tale。おとぎ話、と言うバンド名は、俺が付けた。現世での暮らしはそのぐらい夢染みて楽しいからだ。楽しい、魔王をしてる時は覚えなかった感情だ、これは。魔王としての責務に追われていた頃とは全然違う。


 そう言う訳でヴィジュアル系ロックバンド『Fairy tale』の本日の箱は百人である。ちょっと小さくなって来たかな、と言うところだ。後でマネージャーさんに相談しよう、と、俺は『トイレでメイクしてくる』と言って個室で魔王の姿を晒す。


 顔はほとんど変わらないし、髪も黒のままだ。羽も思いっきり広げられるステージは気に入っている。牙は付け歯だと思われてるし、肌の青白いのは照明のお陰で良い感じの白さになった。ふうっと押し込められていたものが解放されると、心地良い。トイレから出るとスタッフの人に見つかって、お疲れ様です、と言われる。俺もお疲れ様です、と返して、控室に向かった。

 マット系メイクを決めて髪を逆毛座たせた霧都、ラメ系のメイクで片目には眼帯を付けている純怜が、きししっと笑いながら待っていた。

 ある意味悪魔より悪魔らしい格好だよなあと思いながら、マグネットのピアスを確認する。校則でピアスは開けられないのだ。だからマグネットで済ませていると言う俺達は、やっぱり夢見る高校生バンドである。大人に成れてない、夢に夢見る子供たちだ。


 本当にロックだったら安全ピンでもストラップでも付けているところだが、ふさがるまで毎日学校で点検を受けるのは煩わしいし、痛そうで怖い。我ながら本当に魔王だったのかと思うぐらいだ。痛いのは嫌。怖いのも嫌。面倒くさいのも嫌。マグネットのピアスはコレクションが出来るぐらいに集められているから、もしかしたら大人になっても穴は空けないのかもしれない。我ながら本当に、ビビりである。でも怖いんだから仕方ないじゃないか。人間の骨でピアスを作っていた頃とは治癒能力も違う。あの頃はすぐに血が止まったが、今は冷やしておかないとダラダラ止まらないのだと言う。

 向こうで戦ってきた勇者たちはお守り代わりにピアスを付けていたが、度胸があったんだなあと思うことしきりだ。痛いのも怖くない。魔王に比べたら怖くない。俺ってピアスより強かったのか、連中にとって。ここに発生するじゃんけん的な矛盾である。痛いの嫌じゃん。怖いじゃん。


 閑話休題。


「んじゃ、行くか。二人とも」

「おうっ」

「ひひひっ、オッケー!」


 そしてライブは始まる。


「ようガッティーナたち、愛し合ってるかーい!?」

「いえー!」

「おっけーおっけー、じゃあ今夜も愛でぐちゃぐちゃになっちまおうぜ!」

「いえーい!」


 ばさあっと羽を広げると、純怜にぶつかりそうになってしまう。悪い悪いと目で謝ると、フライングVを抱えた純怜はにししっと笑って見せた。気持ち良く魔力を開放できるここには、それを嗅ぎつけてか、かつての魔族が現れることもある。そこから固定客に繋がることもあるので、俺は力いっぱい歌うことにしている。ちなみに羽の事は機密事項として納得してもらっていた。主に仲間に。後ろから見たらどう見ても生えてるからな。


「君を乗せて儚く散ったEDENに

 今も夢を探しているよ

 欠片だけでも良い見付かれば

 君がいた証を手に出来たら」


 メジャーコードからマイナーコードまで何でも歌える自分の声域には感謝している。小さい頃に教会で聖歌を歌っていた所為だろうか。魔王が聖歌なんて、と思わないことも無いが、あの時間は楽しかった、と言うのが今の俺にも引き継がれていると思う。

 良いシスターだった。良いファーザーだった。それは今でも胸に焼き付いている。だから歌える。だから、歌う。歌うことは好きだ。魔力も開放して素の自分に戻れるような気がするから。

 勿論普段がすべて、嘘だと言うことはないけれど。霧都や純怜に食欲を持ったことはないし、シスターやファーザー、他の子供たちにだってそうだ。矯正されていたのかもしれない。シスターのご飯は美味しかったから。スコーンやプチケーキも得意だったから、そっちに行ってしまっただけで。


「っぷいー、お疲れ様ぁ!」

「お疲れー」

「お疲れさんー!」


 ノンアルコールカクテルを出してくれる店で取り敢えずの打ち上げである。十時を回っているので長居は出来ないが、これがあるから良い。あー、サクランボのカクテル甘くてうまー。ぷぃっ、と一気に飲んでしまうと、喉が潤されるのが分かって気持ち良かった。ヴォーカルは喉を労わらなければならないのだ。水分は必須である。


「ところでそろそろ新曲考えないといけない頃だねえ?」


 純怜の言葉に、うっとなる俺である。作詞作曲は俺の仕事である。たまに同じレーベルの人たちから曲を借りたりもするけれど、基本的には自分たちで作った曲をやりたいのだ。半年に一曲、と言うペースだから、確かにそろそろ作らなければなるまい。

 すると霧都がはいはいっと手を上げて来る。小学生のようなそれに、はい、と純怜が当てると、まだワックスが取れていない霧都はおっとりした目を輝かせて、発言する。


「純怜、たしかアコースティックギターも弾けるんだよな?」

「アコギ? 持ってるよーそろそろ弦張り替えなきゃなんないぐらい放置プレイしてるけど。全然使ってないからさあ」

「だったら今までとは違うフォークな曲もやってみたい! 勿論作詞作曲は俺が引き受ける!」

「お? どんなの、やっぱラブソング?」

「かなっ! 酉里、良いかな?」

「お前がやるんなら任せる! 俺もちょっとお休み入れたい気分だったし!」

「やっりぃ! 純怜は?」

「新しい道の求道者に賭ける言葉は一つだよ。どんまい!」

「ちょっそれ外した時の言葉じゃない!?」


 あははははっと笑って、俺達は打ち上げを続けていた。


 聖歌を歌って過ごしたのは何歳までだったか、正確には覚えていない。俺は教会の前に捨てられていたいわゆるところの捨て子で、神志那家に引き取られたのが多分六歳ぐらいの頃、としか覚えていないからだ。転勤族だったので教会の場所はもう分からない。だけど一緒に育った『きょうだい』のことは、覚えていた。

 勿論血の繋がっていないきょうだいだ。だけど両親が亡くなったり、育児放棄されたり、捨てられたりしていたのは同じ。まだ年若い神父――ファーザーと、シスターに育てられた俺達は、幸せだったと思う。その頃の思い出だけが鮮明に残っている程度には、俺は教会が好きだった。砂場で行う晩餐会。桜の木によじ登って降りられなくなりファーザーの顔を真っ青にさせたこと。最初に引き取られて行った女の子のことで泣いていたら、ずっとついていたくれたシスターの事。


 二人の大人に五人の子供。寄付で賄っていたのか本山みたいなところから金が出ていたのか、食うにも着るにも困ったことはなかった。丁寧に取っておかれた古着もあったし、時々は買い出しに行って好きな服も買ってもらえた。夏場は海水浴に連れて行ってもらったこともあったし、冬場はでかい雪だるまを作っていた。みんなで小さな玉を使ってころころ雪玉を転がして、安定が良い順に積んでいく。ファーザーはこれが腰に来て辛そうだったけれど、まだ若いんだから頑張りなさい、とシスターに尻を蹴られていた。実際二人は若かった。二十歳ぐらいだったと思う。それで子供を五人育てていたのだから、すごい。恐るべきバイタリティだ。


 魔王が教会育ちなんて笑えない冗談だけれど、あの頃の俺は充実していた。記憶もあったけれど、本性も現せたけれど、魔法も使えたけれど、そんなものが『どうでも良い』ぐらいに人生を謳歌していた。

 もちろん神志那家に引き取られてからも、父の日や母の日の作文で褒められる程度には大事にされて来たし、こんな遅くまで掛かるライブも許されている。最近は、さすがに受験勉強のことを言われるようになって来たけれど、それでも部活を引退するまではと許してもらっている。部活を引退したらレーベルでライブやるから別にそんな困らないんだけど、とは秘密だ。実際俺は稼いだ分は全部家に入れているから、文句もそんなに出ない。

 CDだって出すたびに好調で。献上したりしているけれど、綺麗な歌ねえと褒められるほどだ。ヴィジュアル系全盛期を生きてきた母には大好評であると言っても良い。よく知らない父からも、音楽学校に進路向けて見るか、と言われるほどだ。でも進学は、実のところ考えていない。


 仕送りゼロで独り立ちして、もっと歌を歌う。それが元魔王の俺の現在の目標だ。と言ったらアマちゃんはすっごい目標ですねと引き攣り笑い気味に言ったが、だって俺は音楽で身を立てて行きたいと思っているのだ。それは部活仲間二人もそうで、三人でちょっと大きめのマンションを共同で借りて、と話が付いているぐらいなのだ。勿論親にはまだ言っていない。親のいない純怜はまだしも、霧都のところは過保護だからちょっと説得が大変だろう。

 だけど十八歳を過ぎたら俺達は大人だ。自分の事を自分で決めて良い年齢だ。それまでは大人しく猫の皮を被っていてやるつもりである。と言うのも偉そうだけれど、それまでに稼いで稼いで、自分の力で生きて行けると証明したいのだ。


 webサイトだって運営して、ファンメールも貰っている。毎日だ。ライブの次の日は何十通も。そのぐらい俺達はファンを獲得している。勿論魔族トークしてくるファンもいる。それでもファンだ。ファンの語源はファナティックであると言う。狂信や熱狂だ。それほどまでに自分たちを支持してくれる人がいると言うのは、悪い気分じゃない。

 だから学校を卒業したら、足りない分はバイトもしつつ、バンド活動に集中するつもりだ。今だって授業の後から部活してるんだから、変わらないだろう。労働は未知の領域で怖いけれど、でも、俺達は夢に向かって生きていたい。子供だと言われようと、それだけは外したくない、夢なのだ。


 家に帰るとすっかり両親は就寝していた。午後十一時、我が家の夜は早いのだ。多分。アマちゃんなんて今からが活動時間だろうに。そーっと上着を脱いでハンガーにかけ、鍵も閉まっていることを確認して、きしきし鳴る階段を上って行く。父さんの転勤はもう無くなったらしいので、建売戸建ての家を買ったのだ。建売だけに母さんにはちょっと不満があったらしいけれど、おおむね俺は満足している。

 二階の八畳間が俺の部屋で、入ってみるとアマちゃんがからからと滑車を回していた。おいっす、と声を掛けると、あ、とアマちゃんは俺の帰宅に気付く。


「お帰りなさいっす、魔王様」

「ここでは酉里。何度も言わすな」

「良いじゃないっすか、誰も聞いてませんよ。今日のライブはどうでした?」

「満員御礼どころか入れない人も出たらしい。嬉しいこったよ」

「で、悪魔系メールをそっと削除する作業に入ると」

「その通りだ」


 俺はデスクライトを点けてノートPCを立ち上げ、有料サーバに付いているメールボックスをクリックする。ずらっと並ぶのは新着メールだ。夜中に頑張って書いてくれちゃって、と嬉しくなる。取り敢えず検索する文字は『魔王』『ユリウス』。何通か出て来たので、一通り読んでから振り分ける。純怜や霧都には出来ない作業なので、俺が一手に引き受けても構わないのだ。純怜はPCを持っていないし、霧都は家族共用だからこの時間にいじれない。


 さて、今日の分のファンメールを印刷してから、俺もちょっと眠くなって来たのでベッドに入る。良い夜だ。アマちゃんの滑車の音はちょっとうるさいけれど、おおむね静かで、寝込みを襲われる心配もない。しあわせな、夜だ。

 もう何十年か続いて欲しい夜だなあと、俺は目を閉じる。

 すうっと眠ってしまったのは、ちょっとだけ普通のカクテルも飲んでしまったからかもしれない。

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