第11話 契約
不安と好奇心を抱えながら、慶太郎はメールで指定された会議室へと向かう。
エレベーターの扉が開くと、そこは広い静寂に包まれたフロアだった。
ここは会社の最奥、社長や役員たちが社外のお客などと会談するフロアと思っていたが……。
慶太郎は、指定された会議室の前で、大きく溜息を吐き部屋の中へと入っていく。
まだ誰もいない静かな部屋。落ち着かない慶太郎は、気持ちを静める為に部屋の
窓から目下に広がるビル群を見渡した。
コンコン。と扉のノックの音と共に今朝エレベータで見かけたスーツ姿の秘書課のエルフ嬢、そしてその後ろに、もう一人の女性が続いて入室して来る。
目を疑った。
エルフ嬢の後から部屋に入って来た女性は、エルフランドで受付をしていた受付嬢その人である。彼女は、受付の時と同じ微笑みを浮かべた。
◇◇◇
静寂な空気に包まれた中、二人は対面のソファーに座った。
「さっそくですが、鈴木慶太郎さま」
「本日、こちらに
と受付嬢はカバンからエルフランドの受付で出される石板と、小さな木箱が目の前に差し出した。
受付嬢が木箱を開け、中身を手に取って見せる。
「これは迷宮探索における、プロ用のライセンスプレートになります」
「はっ?」
「実は先日、同行しておりました光の妖精から事後の報告を受けまして……」
「あなた様とうちの精霊が、正式に本契約の儀を交わしたと報告を受けました」
「確かに、フィフィがそんな事を言っていましたけど……」
「その事?」
受付嬢は、ソファから軽く体を乗り出した。
そして顔を近づけるようにして、声のトーンを落とす。
「XX国の厳重な機密となってますおりまし大森林の迷宮の情報を知ってしまった」「プロ用の裏ルートの存在を知ってしまいました」
「さらに……『妖精の祝福』『妖精の契約』を行いました」
「本来、規定にしたがって契約書を取り交わして頂くのですが」
「お客様は、手続きをせずに、すでに既成事実をつくってしまわれた」
「え? ちょっと待ってください。あれはフィフィのご褒美って……」
受付嬢は、慶太郎の言葉を制するように右手をあげた。
「この度の件、規約の是非は問いません」
「なのでこの申し出を受けて頂きます」
「但し―――妖精との正式契約をキャンセルする場合は、お客様の記憶を抹消させて頂きます」
「えっ、ちょっと! そんな大げさな……」
血が一気に上昇し冷や汗が浮く。
まてまて。慌ててあの場、あの時の様子を思い出す。
「そうだっ、エルフの女剣士がその場に一緒に居ました」
「事実を確認してもらえばわかります!」
「お客様」
受付嬢は静かに言葉を付け足した。
「これはっエルフランド、いえエルフの大森林全体にとって重要な機密事項なのですよ」
受付嬢の瞳の圧が……言い訳……できない。
「あのう、考える猶予は?……」
額を手で押さえた慶太郎は、小さな声でたずねる。
「ありません!」
「さあ、すぐこの場で精霊との正式契約のサインをしてください」
受付嬢は言うと内ポケットから精霊との契約で使った枝杖を取りだした。
「わ、わかりましたから」
「サインします。ちょっと待ってください」
と石板の契約書にサインしようと羽ペンを握った瞬間。受付嬢の後ろに立ち、二人の会話を聞いていた秘書課のエルフ嬢の視線が強烈に刺さった。
エルフ嬢の姿を上目使いで見上げる。
「あのう……うちの会社として、規定には問題ない?のでしょうか?」
鼻にかかった眼鏡を指で押し上げながらエルフ嬢が初めて声を発した。
とてもクールな声で。
「これは前例のない事です」
「会社としても、無視はできません」
「会社の規定的には問題があると、わたしは考えます」
慶太郎は思わず両手で顔を覆った。
「この契約書にサインしたら、会社に不利益をもたらした、とかでブラックリスト入り。いや、懲戒免職とか?……いやいや、サインしなくても記憶を消されて、その後に懲戒免職?では……」
「あぁ、やってしまった……もう、逃げられない」
秘書課のエルフ嬢は淡々と話しを続ける。
「エルフランド様はうちの会社の大口出資先になります。つまり我が社にとって大株主に当たります」
「あなたは今後、プロの迷宮探索者として、また、うちの社員として働いてもらいます」
「当然、会社への報告義務が発生します」
その言葉に慶太郎は目を閉じて、大きく息を吐いた―――。
(つながったあぁー)
(業務報告ならいつもの事、たいした事じゃない)
(やってやろうじゃないかっ)
と思わずテーブルの下で拳をにぎる。
そして、羽ペンを握りなおす。
羽ペンを握った瞬間、フィフィの言葉が脳裏に浮かんだ。
「すっごくお得な契約特典付きだよっ」と。
慶太郎は、高いビルの窓から見える大空を見渡す。
「フィフィ……君は……今度会ったら」
そして契約の石板に名前を丁寧に書き込んだ。
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