第4話 魔王軍、ファルカータの事情聴取
冒険者、と名乗ったムイを俺はじっと見る。
背丈は俺より少し低いぐらいで、女性にしては高い方だ。冒険者向きの体格と言われれば確かにそう……だが、何か引っかかる。
「どうしたオルド、そんな真剣な顔をしてムイを見おって」
「ど、どどどどうしたです⁉ おねぇちゃ……わたし何か
身体に合わない革の胸当てを無理やり着合わせているのは、金の無い初心者冒険者としてはよくあることだ。武器も『ナイフ』と安価なものを選んでいるのがよく分かる。
じゃあなぜ冒険者を名乗るときにムイは目を逸らしたのだろうか?
「何を黙って……お主まさかっ、『ひとめぼれ』というものか⁉ おいオルド、正気に戻れ! まずは互いを知ってからでないと結婚後は苦労するぞ!」
「ぴぅっ⁉ お、おねぇちゃんに惚れちゃったですか! たしかにオルドさんの顔は良いと思うですけど、怖いですごめんなさい!」
「告白してもないのに振られて、しかもそれでもガン見して視線をそらさんじゃと……っ⁉ なんじゃ乳か! この大きい乳がオルドを惹きつけるのかの⁉」
「ぴゃあぁ! 揉まないでですぅ!」
魔王様がムイの胸当ての隙間に手を入れて彼女の大きな胸を揉みしだいている。コボルト族なら背後から魔王様が手をわきわきしながら近づいてきたことぐらい耳や鼻で分かるだろうに……。
と、ムイは必死に身をよじって悶えているのを見ていて俺はひとつの疑問が湧いて出た。
「一つ質問しても?」
「はぁ、はぁ……っ。趣味は料理です……」
「いえそんなことはどうでもよくて。ムイ様、『耳や鼻が良いのに、なぜトロルに襲われていた』のですか?」
「っ!」
俺の質問に思わず肩に力が入って身を固くしたコボルトの少女。銀色のふさふさの尻尾はだらんと垂れ下がり、怒られるのを怖がっているように見える。
やっと引っかかっていたところが言語化出来た。そうだ、彼女は俺が森に入るより前から『森の中』にいたんだ。
「ファルカータの城門は夜には閉まります。ファルカータで冒険者をしているあなた様が知らないはずがございませんよね?」
「き、昨日受けた依頼が終わってなくてですね……深夜にパパっと終わらせようかと」
「深夜までかかるような依頼とは、一体なんでしょうか?」
「え、えーっと……」
俺の質問に対して目の前にいる
何か隠している――俺が彼女の口を割ろうと一歩近づいた瞬間、魔王様があっけらかんとした口調で彼女の正体に言及した。
「ん? トロルに襲われるところも含めて、全て仕込みだったからじゃろう? 大方ファルカータの街にいる誰かからの命――そうじゃな、『わらわ達の動向を探れ』といったところか」
「は……っ?」
「……き、気付いていたですか」
「言ったろう、コボルト族は『耳が聡い』と。隣町で熱心に『弱者救済』の弁を発しているわらわ達の情報を聞いて、素行を調査しに来たのであろう?」
わらわ達に興味を持っているならパイプを繋いでおこうと思ったのじゃが……オルドが置いて来てしもうてのぉ!とジトーッとした目で俺を見てくる魔王様。
だって命令は『加勢せよ』だったじゃないですか!
俺が口には出さないがアイコンタクトで抗議の念を送っていると、全て見破られていたことに呆然としているムイが呟くように魔王様に疑問をぶつける。
「おねぇちゃんが聞いているのが分かってて……
「もちろんじゃ。姿を現さずに引けば牽制になるし、姿を現したとなれば『勇者』という
「…………」
すべてわかっておる、というように凛とした赤い目を魔王様がムイに向ける。
すると彼女は降参とばかりに手をあげ、がっくりと肩を落とした。
「これ以上は誤魔化せないですぅ……わかったです、こちらの事情を話すです」
「お、ということは正解かの?」
「正解も正解、大正解です。今、ファルカータの街は酷く荒れていてですね――」
ムイは俺たちにファルカータの現状を話し始める。
『剣の魔王』が人間の勇者に倒された後、「我こそが『剣の魔王』の後継者である」として、配下であった魔族が次々と名乗りをあげて内紛を始めたそうだ。
『剣の魔王』が収めていた領地にあったファルカータの街も例外ではなく、領主である魔族が後継者に名乗りを上げて他の街へと侵攻することを計画しているらしい。
「その一貫で、領主は『ファルカータにいる力の強い魔族は次世代の『剣の魔王』の配下になれる』と
「その特権とは、まさか?」
「……はい。犯罪の
「ちっ、やはりな。当たっては欲しくなかったが」
魔王様はムイの言葉を聞いて顔をしかめる。「力が強ければ何をしても許される街」なんて広く宣伝すれば、確かにファルカータには強い魔族が集まるだろう。
だがそれはファルカータに元々住んでいる力の弱い魔族にとっては地獄でしかない。大切なものを奪われ、殺されても罪に問えない……そんなことが今ファルカータでは起きているという。
だからこそ、そんなファルカータの現状を打破しようとムイ達は密かにクーデターの準備を進めていると俺たちに説明した。
「本当はもっと、おねぇちゃんを信用してもらってから話すつもりだったですけど」
「ふむ、クーデターのぉ……」
「弱い魔族しか集まってない集団ですけど、あなたたちがいれば!」
「うーむ……」
お願いです!とついには土下座までし始めた彼女を前にして、魔王様は渋い顔をするばかり。
弱者救済を掲げている魔王様にとっては、これ以上ない理想の協力相手だと思うのだが……俺がそう聞いてみると、魔王様は眉間にしわを寄せたまま俺に話してきた。
「わらわ達がいて初めて成功するようなクーデターなど、起こしたところで『強者が全て』という領主の考えを否定できぬ」
「まぁ、確かにそうですね。この方たちがやろうとしているのは、『強者特権をやめさせる』というものですし」
「じゃが、わらわの気持ちとしては彼女らに協力はしたいのぉ……よし。オルドよ」
かなりの迷惑をかけることになるが、良いか?とこちらに聞いてきた魔王様。俺はそんな彼女にしっかりと頷いて返す。
「何なりとお申し付けください。魔王様」
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