EP09:何気ない刹那に宿る殺意
金属の叫びが、耳を貫いた。
飛路と羅礼の剣が激しくぶつかり、火花が散る。鉄の匂いと熱が空気を満たし、僕は思わず呼吸を忘れた。二人は互いの間合いを譲らない。羅礼の目は冷ややかで、飛路のそれは獣のように血走っている。しかし、次の瞬間——。
「本命はこっちなんだよなァァァッ!」
藪蛇の構えた大槌が、まるで地鳴りそのもののような絶叫とともに振り下ろされていた。ビルの全部が唸るように揺れている。羅礼はそれを前にしてなお、刀の形をした鉄塊を飛路の方へ押し込む。鍔迫り合いに負けて鉄を叩き込まれるか、最後まで抵抗した結果、さらなる質量に押しつぶされるかの二択を迫ったのだ。
「……チッ」
しかし、彼はそのどちらもを選ばなかった。彼は交差した刀身を通して伝わる力に、身を任せた。
(——受け止めた!?)
次の瞬間、藪蛇の大槌は虚空を叩き、砕けたコンクリートが粉塵と化して宙を舞った。飛路と羅礼は、受け止める支えを失った羅礼の腕力によって、大槌の射程外に押し出されていたのだ。
何が起こったか理解した羅礼は、すぐさま鉄塊に力を込め直す。自分の刀を受け止めている飛路の両刃剣を、彼の体にめり込ませようとしたのだ。
だが飛路は彼女の何倍もの力を剣に込め、乱暴に袈裟斬りを放った。瞬間、咲き乱れる火花。粉塵で曇る視界の中で、それだけが明るく映えた。羅礼の肩口が裂け、鮮やかな肉の色が露わになる。
「あガッ……!?」
「羅礼! ……テメェ、よくも」
藪蛇は激昂を露わにする。大槌を地面から引く抜き、荒っぽく構え直す。それと対照的に、飛路はその不鮮明な視界の中で、冷たく呟いた。
「ふぅ——
彼は剣を、剣先が相対した者の喉仏に来るように構えていた。それは剣道における|中段の構えに似ている。しかしながら、所詮は単なる構え。名をつけるほどのものかと疑問が頭をよぎった——が、何かが決定的に違う。
(緊張が、感じられない)
それに気がついた時、僕は一気に彼の存在感の異質さに気づいた。肩の力が抜けていて、極めて自然な状態だと言えよう。しかしながら、その自然という状態は、戦場という場所においては極めて不自然に映る。
その気配は異常の一言に尽きる。全身から絶え間なく鉄の匂いが滲み出ていて、こちらの神経を常に逆撫でしてくるようなのだ。威圧感をまき散らすという意味では、あれも一つの技の一つとして数えても良いのだろう。
「舐めやがって……アケディア様が相手でも、手加減はしてやらねェぞ!」
藪蛇はハンマーを下段に構え、その柄を両手で握り直す。そしてそのまま、地を蹴った。踏み抜かれたコンクリートが、爆砕される。
その腕力は化け物じみていた。脇腹から大地ごとえぐるように振り抜かれる大槌の一撃が、空気ごと押し潰さんと迫る。もしあれをまともに食らえば、いくら堅牢な鎧に身を包んでいようが、それごとひしゃげるのが関の山だ。
——だが、飛路は動かない。
まるで来ると分かっていたかのように、こちらも剣を下段に構える。藪蛇の大槌が轟音を立てながら振り抜かれる瞬間、またしても飛路の声が聞こえた。
「なんだっけな……ああ、
瞬間、半月を描く斬撃が、緋色を残して弧を走る。刃と空気の境が崩れ、前方の粉塵ごと切り裂かれた。大槌と剣が交錯した刹那、鮮血が舞う。ハンマーが飛路に到達するよりも速く、その切っ先が藪蛇の腕を切断していた。
「藪蛇ッ……!」
そのわずかな隙を突き、羅礼が踏み込む。鎖を巻かれた鉄の刀身が、蛇のように伸びる。彼女が「アタシだって!」と叫んだ瞬間、鎖が解かれ、刀身が飛路の死角を抉るように襲いかかった。
(まずい……飛路……)
声は出なかった。粉塵の中では、彼がどこにいるのか正確な位置が掴めない。意識が朦朧としているのだから尚更だ。だが、そんな中で音が聞こえた。軽い足音。まるで床を滑るような、無駄のない動き。
「遅い」
次の瞬間、粉塵の中に溶けていた輪郭が鮮明になる。飛路は羅礼の背後に回っていた。
「次は……
すれ違いざまに、刀身が閃く。目にも留まらぬ高速剣技。ほとんど動きを感じさせないその刹那を超えて、羅礼の左腕から、淡い紫の布片が舞った。彼女の顔が一瞬驚愕に歪む。
それを庇うように手負いの藪蛇が前へ出る。
「羅礼、下がれ!」
飛路は剣を軽く振って、血を払う。その静かな所作にすら、並々ならぬ殺意が込められている。
だがそれ以上に恐ろしいのは、その瞳だった。冷たく、どこまでも冷静で、うわべだけ見れば気怠さすら感じられる。濁りきっていて心の底が知れない。にも関わらず、そこから並々ならぬ殺意を感じる。
それが示す答えは一つ。
(あいつの殺意は、抑えたうえでようやくあの量なんだ)
今まで自然に接していた自分が、無性に恐ろしく感じた。あれを人とという枠組みで捉えていたのが間違いだった。あれは完全に怪物か兵器の類だ。それか、僕の知らない怪物か——。
(……怪物、ね。まあ、人のこと、言えないか)
そんなことを思った先、彼がぽそりと呟いた。剣についた粘度のある赤い液体を、その彫刻のような指先で拭いながら。
「……せめて、当てる努力をしたらどうだ」
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