第14話

 昨晩、レオナールを治療したのは、もちろんヴィンセントだ。行った治療は簡単なものではなかった。つい数日前に産まれたネズミの魂に刻まれていた特異魔法『魂操作』。これがあれば、死んだ直後なら肉体に魂戻したりできない? 人間蘇生できるんじゃない? と思っていたら、さっそく実験台が来たのだ。ただしかし、魂を身体に戻すだけではだめだ。その身体はすでに止まっているからだ。そのため、ヴィンセントは『魂操作』と治癒魔法を二匹のネズミで同時に発動した。魂を身体に戻しつつ、並行して身体の修復を行なったのだ。

 ちなみに、この段階では魔力性心不全は完治していない。魂を戻し、身体をちょっとばかし改善しただけだ。古傷と同じで身体がその状態を正常だと思っているので、治癒魔法だけでは治らないのだ。

 静かな夜の領主館で、ヴィンセントはひっそりと動いていた。レオナールの寝室に慎重に忍び込み、孤児院の続きの治療を行う。彼は特異魔法『魂身調律』を使い、魔力性心不全を根本から治療するつもりだ。

 正直、『魂身調律』の仕組みをヴィンセント自身も完全に理解しているわけではない。ただ、魂と身体のズレを調節することで、調和した状態に近づける。そんな感覚がある。レナの足を治療したのも、この特異魔法だ。彼女の魂は、まだ冒険者時代のものだったからか、身体をその姿に引き戻せた。レオナールも幼い頃は元気に走り回るような子供だった、と情報収集していた際に知った。もし、彼の魂が、元気な頃の姿のままなら。


(これで、大丈夫だと思うけどな)


 『魂身調律』がしっかりと発動した感覚がある。ヴィンセントは満足げに小さく頷いた。これでダメなら仕方がない。



 翌日。邸内が騒然とする。

「レオナール様がベッドから抜け歩き回っている?」

「少し動いただけで息を切らしていたのに!」

「まさか、本当に…!」

 領主ロベールや使用人たちは目を見開き、驚きを隠せない。魔力性心不全は不治の病とされていた。それが、一夜にして劇的に改善されたのだ。

「レオナール!」

 ロベールは、息子が駆け回る姿を見て、思わず駆け寄った。

「父上!」

 レオナールが笑顔で振り返る。

「苦しくはないのか?」

「はい! すごく元気です!」

 言葉だけでなく、その跳ねるような動きがなによりの証拠だった。ロベールはしばらく息子を抱きしめ、安堵の息をつく。

 信じられない。しかし、信じざるを得ない奇跡がおこった。レオナールは、ロベールにとってたた1人の息子だ。妻を失った日から、ロベールは息子を何よりも大切に育ててきた。だが、魔力性心不全と診断されたとき、彼は絶望した。どんなに優れた治療医を呼ぼうと、彼を救う術はないと言われたのだから。

 エミリアの尽力がなければ、この光景はなかった。

 この恩に報いなくてはならない。

「礼を考えねばな。バルザ、私の代理として孤児院に行き、向こうの要望を聞いてきてくれ。くれぐれも失礼のないようにな」

「かしこまりました」

 家宰のバルタザールは恭しく礼をして、馬車で孤児院に向かった。



 孤児院にて。

 再び現れた領主家の紋章付き馬車と、昨日も領主の側に仕えていた人物。エミリアとレナは、孤児院の応接室で恐縮しながら対応していた。

「ロベール様の代理で参りました。家宰のバルタザールと申します。ロベール様は、レオナール様の件について、深く感謝しております。お礼をしたいと考えておりますが、支援を一方的に押し付けるのも本意ではありません。そこで、事前に要望を伺いに参りました。何かお困りのことはございませんか? 遠慮なくおっしゃってください」

 バルタザールが穏やかに問いかけると、エミリアは少し戸惑いながらも応答する。

「ありがとうございます。孤児院は今のところ支援には困っていません。最近では、寄付も多くいただいていますし…。ですが、一つ困ったことがありまして……」

 少し言いにくそうにしていると、レナが言葉を継ぐ。

「最近、特級治療医のリシャールの使いを名乗る男がやってきて、エミリアを治療院に連れて行こうとしたのです。断りましたが、彼らは諦めていない様子でした。私も近くにいますが、四六時中守れるわけではない。何かしら対策が必要だと、考えていたところなのです」

 バルタザールは眉を顰め、頷いた。

「そんなことが……。それでは、その件についてロベール様と相談し、対策を講じることにいたします」



 領主館にて。

 バルタザールは、領主ロベールの前に立ち、孤児院での話を伝えた。

「リシャールめ。やはり手を出していたか……。それならば、衛兵を派遣するか。彼女はそれだけ価値がある者だ」

「かしこまりました。しかし、治療医組合との関係はどういたしましょうか? 彼女が無許可で治療を行なっているのは事実でもあります。今はリシャールが私利私欲で動いているだけだと思われますが、今後、治療医組合を巻き込んで動く可能性もあります」

「そこに関しては私も考えていた。聖術師認定で対応しようと思う」

 ロベールの言葉に、バルタザールは軽く目を見開いた。

 聖術師認定、正式には王国聖術師認定と呼ばれ、国が高度な治療魔法の使い手に対して与える認定である。通常、治療医は治療魔法だけでなく、手技や投薬も用いて、患者を治療していく。聖術師は、それらを用いず、純粋に治療魔法のみで重篤な病や負傷を癒す者が対象となる。かつて、教会がこうした才能を独占し、本人の意思に背いて他国に連れ去ろうとすることがあったため、それを阻止するために制定されたのだ。この認定を受けた者は、国の保護下に置かれ、教会や治療医組合からの干渉を受けにくくなる。

 聖術師認定された者は歴代でも数えられるほどの数しかいない。非常に稀なものだ。

 一方、字面が似た言葉で、教会側でも独自の基準として聖人認定というものがある。しかし、これは宗教的な意味合いが強く、国が定める聖術師認定とは根本的に異なるものだ。

「確かに。それなら衛兵派遣の理由としても十分ですね」

「大袈裟にしたくないなら候補ということにすればいい。候補として保護するだけなら、今すぐにでもできる。そもそも、治療医組合が規制しているのは不適切な手技や投薬による事故を防ぐためだった。治療魔法の行使そのものは本来制限の対象ではないはずだ。組合側の規則の詳細を確認する必要はあるがな。私はまず、聖術師認定について伯爵に話を通しておこう」

「かしこまりました」

 ロベールは椅子に深く腰掛け、静かに言葉を続ける。

「レオナールは明らかに良くなっている。本当に完治しているかも含めて、これからも治療医には診てもらう必要はあるだろうが、これを機に教会治療院の調査を進めるべきだ。レオナールの治療を考えるあまり、これまで手を出しかねていたが……、悪弊は正さねばならん」

 彼の声には確かな決意が滲んでいた。

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